働く人が幸せなら、パフォーマンスも向上する_日立製作所が注目した「ハピネス」の効果

執筆者: 多田慎介
日立_トップ画_re
日立_トップ画_re

働く人が幸せなら、パフォーマンスも向上する_日立製作所が注目した「ハピネス」の効果

執筆者: 多田慎介

組織をマネジメントするうえで、社員個人に売上目標やKGI(重要目標達成指標)を設定することは一般的な方法論と言えるでしょう。その達成度合いが人事考課にも反映され、「もっと報酬を得るためにがんばろう」と、個人のモチベーションにも影響を与えます。けれども一方で、「報酬をたくさん得ることがすべてではない」「自分の性格に合った職業に就き、幸せに働きたい」と考える人にとっては、目標管理が必ずしもモチベーションに繋がらない場合もあります。

幸せに働くこと――それ自体は理想的なあり方ですが、「幸せ」というある種観念的で定性的な概念をマネジメントに役立て、組織のパフォーマンス向上を図ることは可能なのでしょうか。

「働く人たちが幸せなら、組織業績は向上します」

そう話すのは、日立製作所・中央研究所で「ハピネス」(働く人の幸福感)について研究している工学博士の矢野和男さんです。矢野さんはハピネスを解析できる人工知能「Hitachi AI Technology/H」を開発し、外部企業の協力を得てさまざまな実証実験を重ね、サービスとして提供しています。「幸せ」という一見定量化できないものを計測し、組織のパフォーマンス向上を支援する矢野さんの研究は注目すべきものでしょう。

ハピネスを定量化するとはどういうことなのか。どのようにして組織業績向上につながっていくのか。そして、ハピネスを高めるために必要なマネジメントとは――。詳しくお話を伺いました。

「ハピネス」とは人が追い求める最上位の価値

——矢野さんが「ハピネス」に注目するようになったきっかけを教えてください。

私は2004、5年ごろから人に関するデータについて着目し、ウエアラブル技術とビックデータ収集・活用の研究を続けてきました。ここ十数年は「モノづくりから知的労働やサービス業へ就業人口がシフトしていく中で、どうやって働く人の生産性を高めていくか」ということを考えてきました。
企業活動で利益が重要であることは言うまでもありません。それが次の活動の経済的な原資となりますから。けれどもそれ以上に重要なのが、人の工夫や挑戦を可能にする「精神的な原資」です。これは一般的に「モチベーション」と呼ばれることがありますが、私は「ハピネス」という概念がより重要だと考えました。今日のがんばりがすぐに業績の数字に結びつくとは限りません。しかし、働く人の幸福感が企業の業績と強い相関関係があることが分かってきたのです。

 

——達成目標の代わりに「ハピネス」をモチベーション向上に活用するということでしょうか?

目標とハピネスはどちらかを選ぶようなものではありません。ハピネス向上のための「ツボ」は個人によって異なるのはもちろん、組織や職場によっても異なります。このツボを押すことで、ちょっとしたことでハピネスも業績も大きく変わるのです。例えば「コミュニケーションが大事」とよく言われますが、いつも職場のコミュニケーションが活発であるべきかというと、そうとは言い切れません。集中したいときは静かな環境のほうがいいこともある。「ほめることが大切だ」といっても、ただほめられるだけでやる気になるほど人間は単純ではない。ときには叱ることも必要ですよね。

 

——確かに、一律に達成目標を設定しても、すべての人や組織にフィットするとは限りませんね。

一方「ハピネス」という概念は、人が追求する価値の最上位に位置づけられます。「私は幸せでなくてもいい」と考える人はいませんよね。企業の利益も、最終的には人間や社会の幸せのためにあるはずです。ハピネスを高めることは、達成目標に直結すると考えています。

私はもともと理論物理学を専攻したのですが、これまでの物理学が物質の根源を明らかにしてきたように、人や社会の複雑系を科学的に理解したいと考えるようになりました。誰かが1切れのパンを食べるために、たくさんの人が働いて貢献している。サスティナブルにお金が回って、さまざまな活動の原資が生み出され、それによって人の幸せが維持されている。これが経済ですよね。しかし、人間には経済的な原資だけでは不十分。未知の目的に不確実な状況で挑戦するには、精神的な原資が必要です。「利益と幸せはつながっているものだ」という考えが、この研究の基盤にあります。

 

日立_文中①_re

受注率アップのために、営業スキルよりも大切なこととは

——企業の利益と個人の幸せは、両立するものなのでしょうか。

ポジティブ心理学の分野ではここ20年来、「ハピネスは企業の利益や生産性に強い相関性を持つ」ということが実証されてきました。実際、私たちも2015年から「Hitachi AI Technology/H」を使って、さまざまな業種の企業を対象にハピネスを測定するサービスを展開していますが、それを立証する事例が出てきています。

例えば、コールセンターでセールスをするパートさんたちの行動を調査して、職場の活性度が高いとき……つまり「メンバーがハッピーなとき」には、受注率が高まるという結果が得られました。

国内2カ所のコールセンターで「職場の活性度」と単位時間あたりの受注数である「受注率」との相関性を分析したところ、コールセンターの受注の成否に影響する要因の35パーセントが「休憩時の職場の活気」であるということが分かったんです。ちなみに個人の営業スキルによる要因は21パーセントで、受注率が営業スキルよりも休憩時間中の職場の活性度に強く影響されていることを示しています。

次に、受注率と休憩時間中の職場の活性度の因果関係を検証しました。休憩時間中の活性度を上げるための施策として、チームを同年代のセールス担当者4名で編成し、3週間は休憩を各自で自由に取り、1週間は休憩時間が一致するようにスケジュールを組みました。この結果、休憩時間を一致させた場合のほうが、約13パーセント受注率が向上することが確認できました。

 

——受注率アップの鍵が「休憩時間」にあるというのは驚きですね。

「休み時間に雑談が弾む」などちょっとしたことが、メンバーのハピネスを高め、業績に影響しているわけです。職場を明るくするムードメーカー的存在のパートさんも受注率アップに貢献しているでしょう。これまで目立たなかった人の貢献が見えるようになってきています。

 

——ハピネスが高まることで受注率も高まるのはなぜでしょうか?

アメリカのある論文雑誌に最近、興味深いデータが紹介されていました。それは「ハッピーに過ごしている」と答えた人の数時間後の行動を分析したもので、ハッピーな人は「重要で困難な仕事」に取り組んでいることが分かったのです。逆にアンハッピーな人は、「簡単で重要ではない仕事」に時間を使っていることになります。ハピネスの高い人は、「重要で困難な仕事に取り組む原資がある」ということなのです。

人のなにげない動作や会話の様子からハピネスを測定

——ハピネスは実際、どのようにして測定するのですか?

人が席に座ったり、止まったり、話したり、軽くうなずいたりという微妙な動きや体の揺れを、胸につける加速度センサーで測ります。この中にハッピー・アンハッピーのデータが隠れているんです。

組織に所属する人が継続して動いている動く時間はどれくらいか。そのデータが長かったり短かったりとバラツキのある集団は、ハッピーな傾向があることが分かりました。一方でアンハッピーな集団は、このバラツキが小さいことが分かっています。

さらに赤外線のセンサーを使用して「誰と誰がいつ、どのくらいの時間接しているか」も測定できます。加速度センサーによる調査と対面調査を並行して行うことで、会話が一方通行なのか、どんなスピードで話しているかといったことも分かります。

日立_文中④_re
「ハピネス」を測定するための加速度センサー

——人の行動によってハピネスを測定できるということですね。では「Aさんはこのように動いて、Bさんはこのように動いて……」と指示していけば、その職場のハピネスを高められるということでしょうか?

いえ、こうした行動特性は意識的にコントロールできるものではありません。あくまでもそのときのハピネスの度合いを定量化するためのデータです。
そもそも、「ハッピーになるための手段」というものは個人や組織によってバラバラです。日常生活でもハッピーのとらえ方は人によって違う。「甘いものを食べるとハッピーになる人」もいれば「人とおしゃべりするのがハッピーという人」もいる。どんな行動がハピネスにつながるかは千差万別です。

企業内にもさまざまな人がいます。会議が早く終わればいいとは限らないし、上司から部下へのコミュニケーションが一方通行だからダメとは限らない。コミュニケーション量が多ければいいというものでもありません。我々は「あるべき姿」を一元的に判断しがちですが、実際には人や組織によってハピネスを高める方法は違うんですね。だからこそ、人工知能による計測とフィードバックが大切なんです。


——フィードバックはどのようにして行われるのでしょうか。

個人ごとに付けてもらっている計測器をもとに行動データを割り出し、人工知能の解析によって、どんな条件がそろうとこの組織はハッピーなのか、相関関係を導き出し、結果をレポート化してフィードバックします。それにもとづいて行動してもらった結果を、さらにまたフィードバックしていく、という流れでサービス化しています。

ちなみにまだこれは研究レベルですが、一人ひとりのスマートフォンに「今日はこんなことに気をつければハッピーになれますよ」とお知らせするアプリも開発しています。日立グループの営業部門に所属する600人を対象に実証実験したところ、アプリを活用したチームほど翌月のハピネスが高くなっており、ハピネスの高まっているチームは、そうでないチームに比べて、約27パーセントも次の四半期の業績が向上していました。これも実用化に向けて準備しているところです。

日立_文中②_re

「目の前にある目標」を設定し、柔軟に変化するマネジメントへ

——さまざまな企業のハピネスを計測する中で、矢野さんは現在の日本企業の課題をどのようにとらえていますか?

戦後の経済成長の中で、日本には十兆円規模の成功企業も生まれました。日立製作所もその一つでしょう。一般論として、成長期には創業者が強いリーダーシップを発揮しますが、創業者が去った後は、変化を起こす力を維持するのは簡単ではありません。

企業は規模が大きくなるにつれ、階層も深くなっているため、組織を動かすこと自体が難しくなり、変革は難しくなります。ますます高度なリーダーシップが問われます。
一方で従業員も、ある程度豊かさが保障された環境の中でアグレッシブさが失われつつある。がむしゃらにならなくても、生きていけますからね。決して個人個人が怠けているわけではないのに、構造的にそうなってしまっているのです。


——経営者も従業員も、変化をリードしていく力が失われていると。

はい。そこで必要なのが、挑戦する行動を高めるための最上位の概念であるハピネスなのです。一人ひとりのハピネスを高め、しんどいことも厭わずに挑戦できるような雰囲気を作っていく必要があります。私たちの研究はテクノロジーを使って、変化に強いフラットで機敏な組織を作っていくためにあるのだと思っています。


——そうした意味では、働く個人自らが「幸せであること」を自覚することも重要だと思います。自分が幸せであることを、データや人工知能以外で自覚する方法はあるのでしょうか?

まずは「変化する」ということが大切だと思います。変化を作っていくということですね。

心理学の分野で提唱されている「フロー」という概念があります。人間は、ある程度ほど良いレベルのチャレンジをしつづけていないと、すぐ退屈してしまうのです。一方、難しすぎて手が届かない目標ではやる気が削がれ、心配や不安が先走ってしまう。

一人ひとりが、「ちょっと背伸びしたら届くような目標」を1日や1時間といった短い単位で作っていくと良いのではないでしょうか。そうしたちょっとしたジャンプを続けていくと、変化にも強くなっていくはずです。

私自身もフローという概念に出会って変わりました。「幸せは遠くの山を超えてたどりつくもの」と考えていたところがありましたが、その山は今日、自分の目の前にあるのだと思うようになったんです。ちょっとしたチャレンジに向かい、工夫している姿がハピネスの典型的な姿。成功しているビジネスパーソンやアスリートの多くも、同じようなことをしているはずです。


——組織作りの観点では、マネジャーがそうした「目の前の目標設定」を働きかけていくことも大切ですね。

世の中の変化のスピードがゆるやかだった時代は、遠い目標設定のままでもマネジメントが成り立っていたのかもしれません。しかし今は、物事が本当に目まぐるしく変わる時代です。世の中の多様性に対応して、人も組織も柔軟に変わっていくことが求められています。

そうなるためには、従来型の「1年」「半年」「四半期」といった目標設定だけでなく、日々変化することや日々新しく学習する必要があることを前提にして、ゴールを変えていく必要があります。それがフラットで機敏に変化し、挑戦できる組織を作ることにつながるのだと思います。


——本日のお話から、「組織のハピネスを高める人材は必ずしもハイパフォーマーではない」ということも感じました。

そうですね。職場のハピネスは、ほんのちょっとした働きかけで大きく変わります。個人業績から見ると一見ハイパフォーマーでないように見える人も、実は他の人のハピネスを向上させる役割を果たし、組織に貢献していることがあります。そしてそういう人は、どんな職場にもいるものです。

野球チームの監督などは、組織のムード作りに貢献できる人をとても大事にしています。攻撃のとき、ベンチにいるだけのように見える選手も、実はチームメイトに対していろいろな働きかけをしているのです。
人間はロジカルでない部分や非言語的な部分など、さまざまな要因からハピネスに影響を受けています。これをスピリチュアルなもののようにとらえるのではなく、ハピネスの指標を可視化していくことで、組織設計もどんどん最適化できるはずです。

 

日立_文中③_re

<取材協力>

矢野和男さん

株式会社日立製作所 理事・研究開発グループ技師長、工学博士。1984年に日立製作所入社。ウエアラブル技術やビッグデータ収集・活用技術の開発を通じて世界を牽引。2015年からは「Hitachi AI Technology/H」によって従業員のハピネスを測定・分析し、職場活性化や業績向上につなげるサービスを提供している。著書に『データの見えざる手:ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(草思社)。IEEE(アイトリプルイー:米国電子電気学会)フェロー、東京工業大学大学院 情報理工学院 特定教授。

 

執筆者:多田慎介
求人広告代理店で転職サイトなどを扱う法人営業職と営業マネジャー職を経験。
編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスのライターとして活動。
キャリア形成やワークスタイル、採用戦略を主要テーマとして取材・執筆を重ねている。(編集協力:プレスラボ)
この執筆者の記事をもっと見る