認知症当事者が「働けない」は思い込み 介護業界に一石を投じた前田隆行さんの信念とは

執筆者: 横山由希路

認知症当事者が「働けない」は思い込み 介護業界に一石を投じた前田隆行さんの信念とは

執筆者: 横山由希路

2000年に施行された介護保険法には、介護を受ける人の労働の対価は認められていなかった。

介護を受ける人の有償ボランティアを行う権利が認められたのは2011年。国に交渉し、奔走したのが、デイサービス「おりづる苑」の管理者だった前田隆行さんだ。現在は、東京・町田市成瀬台で「はたらくこと」に特化したデイサービス「DAYS BLG!」を運営する。

前田さんは、それまでも抑制帯で体を拘束することや介護の在り方について、介護業界で「当たり前」とされてきたことに対して疑いの目を持ち、改革を行ってきた。なぜ「はたらけるはずがない」と思い込まれてきた認知症当事者の労働環境に風穴を開けることができたのだろうか。前田さん自身の経歴をたどりながら、その信念をつらぬける理由を伺った。

抑制されている光景を見て不思議に思った

――前田さんは、これまで当たり前だと思われてきた「業界の常識」を、変えてきた方だとお伺いしました。これまでの経歴を教えてください。

卒業後、最初に就職したのは町田市にある老年精神科の病院です。ソーシャルワーカーとして働き始めました。そこで目にしたのは、まだ何とか歩ける人に対して抑制帯などで行動を制限していたことでした。私はおじいちゃんとの会話の流れで、彼の抑制帯を外しました。

そうしたら、婦長に怒られまして。「なぜ抑制帯を解いてはいけないのか?」と聞くと、「勝手に立ったり歩いたりすると危ない。先生からの指示だ」と言うんですね。私は自由を奪うだけのおかしな理由だと思って、それでまた別の人の抑制帯をほどいていたら、数日後に異動となりました。

――病院からすると、言うことを聞かない大変な新人が入ってきたという感じでしょうか。

とても本体の病院にはいさせられないということですよね。その後、病院で在宅介護支援の仕事をしていたら、認知症当事者と身近に接する機会が増えたことで介護の仕事自体に興味を持てるようになりました。その業務をきっかけに町田市在宅福祉サービス公社から声を掛けられたので、病院から福祉公社へと移りました。

福祉公社では、8年間デイサービスの「おりづる苑」の管理を担当しました。赴任した当時はベテランスタッフが大勢いて、そこでも意見の相違がありましたね。

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――どのようなことがあったのでしょうか。

「おりづる苑」は、もともと町田市のモデル事業の宅老所で、それまで利用者にマンツーマンでスタッフが付いていました。しかし、介護保険法が2000年に施行されて、事業所に人員基準ができました。

介護保険法では、在宅サービスとして、いかに自宅での生活が継続できるかを問われていたのですが、たとえば、ベテランスタッフは利用者がトイレに行くそぶりを見せると、すぐに支えにきてしまう。私はスタッフの行動に対して、「この場面は、横に付く必要はないです」と、ミーティングで都度指摘していたので、毎日お互いがぶつかり合ってしまい、胃が痛かったですね。

――その衝突の末、どうなったのですか?

私も提案に納得してもらいたかったので、一日の座っている時間を算出して、日常生活に支障をきたしてしまうことを明らかにして伝えたんです。でも結果として、半数以上のベテランスタッフは辞めてしまいました。スタッフの言い分は、「今までこのやり方でやってきたんだから」というもので。

自分の目から見て、おかしいと思うことは変えていきたい

――前田さんは「こうあるべきだ」という想いがあると、周りと衝突してでも解決されていますが、思っていても、実践できない人が多いように感じます。どうして前田さんはぶつかることを恐れずに、前に進んでいけるのでしょうか。

自分の目から見ておかしいと思うことに遭遇すると、なぜその現場を変えてはいけないのかと疑問に思うんです。変えていけないのであれば、明確な理由を見せてくれと。理由が個人の判断や慣習なのだとしたら、きちんとした根拠はないですよね。もともと、細かく理論立てて、時にはデータも駆使して詰めていくのが好きなタイプなんですよ。

――一匹狼では現状をなかなか変えられないと思う人も多いと思います。その場合、どのようにして今の状況を変えていけばよいでしょうか。

周りに自分を理解してくれる仲間をつくっていくのも大事だと思います。心が折れそうになっても、悩みを共有できますし、相談もできますよね。環境をつくることは、常識を変えていくために必要な一歩です。

仲間をつくるために、まずは周囲に自分が思い描く理想を伝えなければいけません。自分の考え方を具体化することは、周りを説得するエビデンスになります。たとえば組織やチームの目指すところと現状に乖離があり、それを明確に提示すれば、周りの人も納得せざるを得ないですよね。

目の前の相手の気持ちを想像することで、現状の自分に足りないことがわかってくるんです。「相手を全否定するところから始めても違うんだ」や「相手が言っていることを尊重しつつ、改善していこう」と冷静になれて、問題点や解決策に気づくことができます。

何か新しいことを始めるときには、「ひとり」で始めることが少なくはありません。しかし、相手にイメージをしっかりと伝えることができれば、同じ方向性に賛同する仲間はポツポツと出てくるんですよね。そうすれば、徐々にやりたいことの実現に近づけるのではないでしょうか。

――前田さんに同じ志を持つ仲間ができて、「おりづる苑」は再スタートを切るんですね。

そうですね。「おりづる苑」では、まず「選べる」というコンセプトを打ち立てました。私たちは日常生活で無意識に選択をして満足を得ていますが、介護をされる側は今まで選べるという状況ではありませんでした。たとえば「事業所内のボランティア活動と、子どもと一緒にする街のゴミ拾いのうち、どちらをする?」というように、一日の行動をこちらで準備したもののなかから選んでもらいました。

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働いたらお金を支払うという当たり前のことが認められないのか

――「事務所内のボランティア」も「街のゴミ拾い」も、他のデイサービスにはない主体的な活動ですね。

「おりづる苑」で行動を自ら選択する活動を続けていくなか、ある日50代の若年性認知症の男性が見学に来ました。彼の「働きたい」という言葉を聞いて、親会社の法人(※)が持つ古民家の修繕を依頼したんです。すると、自然と若年性認知症のメンバーが増えてきたので、彼らの意思をくみ取り、働くことに特化したデイサービス「おりづる工務店」を2006年にオープンしました。

※=社会福祉法人町田市福祉サービス協会のこと。町田市在宅福祉サービス公社が、前田さんの勤務中に法人として再組織化した。

――この「おりづる工務店」が、現在の「DAYS BLG!」の前身にあたるのでしょうか。

そうです。「DAYS BLG!」の考え方の前身ですね。仕事が軌道に乗ると、こちらが用意した仕事ではなく、つてのある市内の保育園からプール掃除やペンキ塗りなど、保育士の業務の一部を請け負うようになりました。

すると今度は「労働の対価としてお金がほしい」という意見が出たんです。そこで介護保険法をよく読んでみると、介護を受ける人が働けるわけがないという認識なのか、労働の対価が認められていませんでした。

――法整備が整えられていなかったのですね。

その年から「働きたい」という若年性認知症当事者と一緒に厚生労働省に出向き、介護を受けている人でも労働の対価が得られるように掛け合い始めました。

――そこで前田さんが行動に移せたのは、どういった想いからでしたか?

何か仕事をお願いする場合、人は必ずお金を払って発注しますよね。たとえ介護を受ける人でも働けるのであれば報酬を得るべきですし、働いたお金で買い物や貯金をするので、経済が回る要因になります。労働の対価を国が払うわけでも市が払うわけでもない。どこかが損をする話ではないわけです。働いたらお金を支払うという当たり前のことが認められないのが、納得いかなかった。だからどんなことをしても、これは国に通さないといけないと。

それで、ようやく5年後の2011年、厚生労働省から介護を受けている人の労働対価を認める通知がきました。「賃金」や「報酬」ではなく有償ボランティアという形でしたが。当時、私は介護現場から遠のいていましたが、「はたらける」デイサービスを作ろうという動きがなかったため、「それなら自分が始めよう」と思い、2012年にデイサービス「DAYS BLG!」を立ち上げました。

「選べる」を日本のマジョリティーにするには

――現在の「DAYS BLG!」の活動について教えてください。

「DAYS BLG!」は「おりづる工務店」の時からの習慣で、スタッフも利用者も関係なく、「メンバー」と呼んでいます。利用するメンバーの方は、一日定員10名。働くことに特化した事業所だからか、男性が9割ですね。みなさん認知症を持っていますが、すごく元気です。

――具体的に、メンバーの方はどのような仕事をしているのですか?

HONDA CARSさんの洗車と、地域のコミュニティー情報誌のポスティング、保険代理店のノベルティグッズの袋詰め、ポケットティッシュ配りです。先ほど、事業所に帰ってきたメンバーさんは、コミュニティー誌のポスティングのチームの方たちですね。「ポスティングと洗車、どちらがいい?」という形で、仕事を日々選べるようにしています。

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すべての場面でメンバーさんの意志を聞くことにしています。

「はたらく」要素には「お金が発生する労働」、「ボランティア的に社会に役立つ労働」、「家などの所属する場所のためになる労働」の3つがあると思います。そのうちのどれか1つでも想いを持っている方に来ていただいているので、要介護の高い方でも3つの要素に準じた仕事を考えていくことになります。現在も各企業さんと協働して、商品の再開発などをしていますが、今後も企業と一緒に働くことを進めていきたいですね。

――前田さんは「選べる」ことを日々実践されています。今後、この考え方を介護業界に根付かせるためには、どうしたらいいですか?

いきなり全員を変えていくことは難しいですが、「選べる」ことの流れを大きくしていくことはできると思います。介護の専門学校を出て実習先にそのまま就職し、何の疑問も持たずに介護をしている人がたくさんいます。彼らに気づきを持ってもらうには、まったく自分と正反対の考えを持つ人との出会いが必要です。そのために仲間と教育の場を作ろうと考えています。

東日本と西日本で1カ所ずつ学校を作り、「選べる」ことの考えを持っている人が全体の10%、20%だとしても、過半数を超えればやがて主流が変わる。そうなれば、主体的な生活のお手伝いではなく、保護一辺倒で介護をしてきた人たちも、のちのち気づく。学校は少し先の話になりますが、今はスタートから半年経った「DAYS BLG! はちおうじ」、これから立ち上げる「DAYS BLG! よこはま」、多世代が暮らす「HOME BLG!」など、出来るところから輪を広げていきたいです。

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(取材・文:横山由希路 編集:ノオト)

<取材協力>
前田隆行さん
1976年生まれ神奈川県出身。老年精神科病院の病棟やE型デイサービスの管理者を経て、若年性認知症デイサービス『おりづる工務店』創設。厚労省への提言を通して、介護保険サービス利用中のボランティア活動に対する謝礼の受け取りを認める“有償ボランティア”を実現に導く。若年認知症サポートセンター理事、一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループ理事、NPO認知症フレンドシップクラブ・アドバイザリーボード、NPO 町田市つながりの開理事長。現在は東京都町田市にて次世代型デイサービス『DAYS BLG!』を運営し、認知症本人の「働きたい」「社会の役に立ちたい」という想いの実現に取り組んでいる。

▼NPO町田市つながりの開「DAYS BLG!」

前田隆行さん(NPO町田市つながりの開 理事長)デイサービスの概念を180度変えていく Vol.2

執筆者:横山由希路
ライター・編集者。神奈川県生まれ。東京女子大学現代文化学部卒業。エンタメ系情報誌の編集を経て、フリーに。コラム、インタビュー原稿を中心に活動。ジャンルは、野球、介護、演劇、台湾など多岐にわたる。
Twitter ID:@yukijinsky
Facebook:https://www.facebook.com/yukiji.yokoyama
note: https://note.mu/yukijinsky
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