信念があれば「常識」を疑える デザイン思考から次のアタリマエを考えよう

執筆者: 松尾奈々絵

信念があれば「常識」を疑える デザイン思考から次のアタリマエを考えよう

執筆者: 松尾奈々絵

イノベーションを起こすためには、誰もがアタリマエだと思っている「常識」を疑うことも必要だ。言葉にするのは簡単だが、実践するのはなかなか難しい。なぜ私たちは常識に慣れてしまい、それを疑えなくなるのだろう。

そんな疑問に答えてくれたのは、mct代表取締役の白根英昭さん。ペルソナやエスノグラフィーなど、デザイン思考を企業に提案するトップランナーだ。どうすれば「次のアタリマエ」を考えていけるのだろうか?

世の中にあるものすべてが妥協の産物

――今回は、「いまの常識を疑い、次のアタリマエを作ることがどうして難しいのか」というお話をお伺いさせていただけたらと思います。

なるほど。ではまず、アタリマエがどのように生まれるのか、その経緯を考えましょうか。

新しい製品やサービスなど、いま世の中にあるモノは、人々のニーズが原点にあります。また、提供する、たとえば会社側の立場にも、予算や利益、何をしたいのかなど、ニーズを抱えています。

現代では、その両者のニーズをもとに、新しい製品やサービスが生まれます。両者のバランスがとれて世の中に浸透したとき、その解決方法がアタリマエ=常識になっていきますね。

――必要とされているからこそ生まれるものだ、と。そうして生まれた常識やアタリマエを疑うことが難しいのはなぜでしょうか。

その時々で生まれるアタリマエや常識、商品、サービスなど、どれほど素晴らしくても完璧なものは存在しません。需要と供給のバランスがとれて生まれた「妥協の産物」なんです。ただし、その不完全なものに対して、人々には「慣れる」という機能が生まれつき備わっています。そのため、アタリマエが生まれた原点である願望やニーズが何だったのかを忘れてしまい、目の前にあるものに順応してしまうのです。

――サービスを受ける人の問題であると。

もちろんそれだけではありません。提供者側も同様にその環境に慣れていきます。それゆえ、オペレーションを最適化しようとしてしまうのです。

たとえば、山手線の電光掲示板に「遅延10分」という表示がありますよね。よくよく考えれば、ユーザーにとって遅延時間は必要でしょうか?

実はユーザーが求めているのは「自分が到着地にいつ着けるのか」であり、その表示はただのオペレーションなんですよ。しかし、提供側からしたら他の路線と同じように表示しています。

利用者側は順応し、提供者側は枠組みの中で最適化する。すると、思考の枠組みが固定化し、それがアタリマエになっていく。そのときには、「自分たちがもともと何を求めていたのか」ということを、利用者側も提供者側も考えることがなくなってしまうのです。

――気づかないうちに、満足するようにできているのですね。

はい。妥協の産物として存在しているのを忘れてしまうわけです。もちろん、これまで画期的な開発やサービスはたくさん生まれてきました。しかし、それらも問題解決に向けた一つの方法にすぎず、唯一の方法ではないのです。

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イノベーションに必要なのは「普通に考える」こと

――では、次のアタリマエを作るためには、その“慣れ”から脱却する必要があるのですね。具体的には、どのような解決策があるのでしょうか。

まずは「普通に考えたら」を意識することです。普通、という言葉にはいろいろな要素が含まれています。

たとえば「ユーザーの立場なら」で考えてみましょう。人は過去の仕事で成功体験があればあるほど、前と同じようにわずかなアップデートで済ませようとしてしまうものです。そんな時は、「それってユーザーのことが見えているのだろうか」と自分自身に問うてみればいい。

ほかにも「長い目で見てみる」「自分の道徳心と照らし合わせる」「条件をいったん忘れる」など、自分が枠組みの中に固定されていないかという視点が必要です。ビジネスでいえば、違った業界を見てみると、自分たちが所属する業界の常識の非常識さがわかることも多々ありますよ。「映画館の席は予約できるのに、レストランの席って『どの席がいいか』までは選べないな」とか。

――これまで世間を驚かせた商品やサービス、あるいは企業そのものはそういった視点が他者と明らかに違ったというわけですね。

そうです。たとえば、ヘアカット専門店「QBハウス」の登場は画期的でした。「QBハウス」は、千円でサービスはカットのみ、10分で終了できる迅速なサービスを提供しています。

それまでの美容・理容室の常識では、散髪をするには時間がかかるのがアタリマエでした。その一方、「シャンプーなんていいから、早く切ってほしい」という顧客のニーズは確実にあったわけです。昼休みや仕事帰りに髪を切れるという、新たなサービスを提供しています。

――意識してみると、見慣れているものを違った目で捉え直すのは、なかなか難しい作業です。コツはありますか?

人は自然と楽な方に順応しようとしますからね。ですから、時間をかけて細部を一つひとつ観察する時間を設けてみてはどうでしょうか? たとえば、ここにあるコーヒーを入れたカップ。

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初めて見た人は、コレが何なのかわかりません。しかし、私たちはすぐにコーヒーカップであると、瞬時に判断できます。これまでの生活、経験から、見た瞬間にパターンとして認識できるんですね。

だからこそ、時間をとって「ああ、ここに汚れがついていて」「なぜか丸くなっているな」と、スケッチをするように観察するんです。何も思い込まずに、まず見たままをスケッチをする。すると、観察の訓練になるでしょう。そうして、細部を見ることで気づきが得られます。

――ずっとそのように生活をできれば、常にイノベーションができるような思考が……。

いや、そういった意識ばかりでは日常生活が成り立たなくなりますから止めましょう(笑)。具体的にいえば、何かを疑う時間を作ったり、感動した際にその感情がどこからきているのかを考えたり、売れている製品を使っているユーザーがなぜその製品を求めているのかを観察したり。1日10分程度の時間でいいのでこういった心がけを持てば、いつもの思考の枠組みから抜けることができるかもしれません。

――新機能ではなく、「なぜ心が揺さぶられているのか」を見るわけですね。

その通りです。ビジネスの視点から見れば、いま自分が提供しているサービスのユーザーにそういったニーズがあるとしたら、次のステップでどんなことができるのかを考えられるでしょう。

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信念があれば「暗黙の前提」を壊せる

――具体的な方法論をいくつかお伺いしてきました。ふと思ったのですが、「若いうちは柔軟が発想ができる」とよく耳にしますが、人は年を重ねるほど、イノベーションを起こしにくくなりますか?

年齢というよりは慣れ、ですね。人は繰り返し経験すればするほど、細部を見る力はどんどん上がります。熟練すると、微妙な違いが感覚でわかるようになります。業界などの枠組みの中で、知識とか経験を獲得していっているからですね。

一方、熟練すればするほど、そもそもの大きな問題を見る力は失われていく。それは人ならではの、学習する際のパターン、いわばクセですね。

――なるほど。学習にはいい面もあれば悪い面もある、と。

新入社員として会社に入った頃「変だな」「気持ち悪い」と、違和感を抱くことがあるでしょう。その感覚は大事にしたほうがいい。会社にずっといるとその違和感に慣れてきてしまい、その組織の中での自分の動き方がよくわかってきてしまいますから。

つまり、知識を身に付けてスムーズに動けるようになればなるほど、その組織が持っている暗黙の了解と一体化してしまうわけです。一度そうなると、以前は抱いていた違和感、そもそもなぜそうなのかという前提がわからなくなってしまう。一方、新人や外部の人はそれがわかるんですね。

チャレンジできるかどうかも同じで、経験を積めば積むほど、そのジャンルの限界がわかってしまいます。でも、経験がない人には限界がわからない。だからこそ、思い切ったチャレンジがしやすいんです。

――「慣れ」は人の性ということですね。世の中のイノベーターが、そういったアタリマエを疑えるのはどうしてでしょうか。

ひとつは「信念」ではないでしょうか。アマゾンはそのいい例です。 CEOのジェフ・ベゾスさんは、顧客は常に不満をもっている、たとえアンケートで「満足だ」と答えてもどこかに不満を抱いていると語っています。アマゾンプライムを考えたのも、顧客はいつも不満だと考えているから。彼は「もっと便利な方法があるはずだ」という強い信念を持っています。

そしてこの強い信念を持つためには、ある意味あまのじゃくな面が必要になります。みんなが「良い」と言っているのに「いや、悪い。もっと改良できる」と反論するわけですからね(笑)。ただし、大局を見ず、重箱の隅をつつくようではイノベーションは起こりません。さっきお話したように「アタリマエ」に順応していった時に生まれる「暗黙の前提」を壊すようなアタックをすることで、次のアタリマエが生まれます。

デジタル化が進んだことで、あらゆるジャンルで物理的な制約はなくなってきました。つまり、新しい取り組み自体はデジタル化によって実現しやすくなっているんです。組織の論理に染まることなく、外からの目線を持ち、人々に何が喜ばれているのかを突き詰めることができれば、次の当たり前を実現するまでそう時間はかからないでしょう。

(取材・執筆:松尾奈々絵/ノオト 撮影:藤原葉子)

 

取材協力:白根英昭さん
株式会社mct代表取締役 2002年にペルソナ(象徴的な顧客像)やエスノグラフィー(人類学の手法を応用した調査方法)等の活用によるイノベーションのコンサルティングサービスを開始。一橋ビジネスレビュー(2007年)、日経情報ストラテジー(2008年)、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー(2010年)などに寄稿。 2008年から 関西の産官学共同によるソフト技術者の養成塾で講師を担当。ペルソナ&カスタマエクスペリエンス学会理事。

執筆者:松尾奈々絵
有限会社ノオトの編集者・ライター。品川圏域のニュースを届ける「品川経済新聞」やビジネスパーソン向けのオウンドメディアを担当。
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