職人の仕事をどう評価する?高級爪切りを製作する「諏訪田製作所」の人事査定制度

執筆者: 有馬ゆえ

職人の仕事をどう評価する?高級爪切りを製作する「諏訪田製作所」の人事査定制度

執筆者: 有馬ゆえ

 

新潟県三条市。古くから鍛冶産業が盛んなこの地で、諏訪田製作所が創業したのは大正15年のことだ。その看板商品「SUWADAつめ切り」は、1丁7,000円を超える高級爪切りながら、世界中で愛され、ネイリストや医療従事者からの高い支持も獲得している。

諏訪田製作所が売り上げを伸ばした背景には、20年前に始まった経営改革がある。その一つが、職人の手仕事に対して明確な査定制度を導入したことだ。職人は毎日、自分の仕事の成果を記録し、提出。すべての作業工程には単価が設定されており、おのおのの成果に基づいて給与が支払われる仕組みになっている。

こうした経営改革を行ってきたのは、諏訪田製作所の三代目・小林知行さん。従来の“鍛冶屋”とは一線を画す、独自の会社組織づくりについて小林さんに伺った。

 

社長になって初めて見えた恐ろしい現実

――小林さんが三代目として取締役社長に就任したのはいつでしょうか。

いまから20年前です。大学卒業後に地元の商社に就職したのですが、しばらくして「忙しいから帰ってこい」と、当時社長だった父に言われ、諏訪田製作所に入社。それから2年ほどして跡を継いで社長になりました。

当時は、まだ家族経営の小さな工場でした。創業者の祖父を含む親族と、近所の農家の人が従業員で、役職も肩書もなく、11人の社員全員が職人として働いていました。

諏訪田製作所の外観
諏訪田製作所の外観

 

――当時はすでに、諏訪田製作所は株式会社だったんですよね?

そうですね。ただ、社長になって驚いたのは、雇用関係や就労関係の取り決めがあまりにいい加減だったこと。そして、売り上げの管理や労務管理をほぼしていないという事実でした。法人登記をし、会計士を雇って申告も納税もしていたけれど、正直に言ってまともな会社ではなかったんです。

たとえば、就業規則も、きちんとしたものがない。帳簿付けを税理士に丸投げしているので、2カ月前の売り上げはわかっても、毎日の売り上げはわからない。これは恐ろしいなと思い、本屋で「会社の作り方」みたいな本を買ってきて、一から勉強を始めました。会社はもうあるのに、ですよ(苦笑)。

 

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――社長になってみて初めて見えた現実だった、と。給与に関しては?

給与の決め方もいい加減でした。帳面を見ると、ある人の給与が1年ごとに1万円昇給しているんですね。父にその根拠を聞くと「1年いたからだ」と言うんです。「えっ、じゃあ50年経ったら50万円上がるということですか?」「そのときのことはそのとき考える」って。

給与が個々の成果とかけ離れているなと感じることも、多々ありました。特に若いから、女性だからというだけで給与が低いのが気になった。そもそも、従業員数のわりに売り上げが低いなと感じてもいました。そこで、個々の仕事ぶりが正しく給与額に反映されるように、仕事の成果を査定する制度を整備していったんです。

 

職人一人ひとりの仕事ぶりを数値化する「工程単価」

――仕事ぶりを査定する評価制度は、どのように整備していったのでしょうか。

評価を明確にするための分析を行ったのが、初めの4年間です。まず、職人の仕事をすべて項目化して書き出していきました。すると、1つの商品を作るためにかかる仕事の工程が約50あることがわかった。当時は120種類ほどの商品を作っていましたから、工場内で行われる作業工程は120×50=6000ほどに分類されることになります。同じ作業でも、商品の大きさや材料が違うとかかる時間が異なるため、分けて考える必要があるのです。

また、同じ作業でも職人ごとに同じ時間でできあがるものの質と量が変わります。当時、約30人の職人がいたので、6000ほどの作業工程がさらに30人分、つまり工場内で行われている作業工程は約20万弱に分類されることがわかりました。実際はすべての職人が全作業をこなせるわけではないので、約20万の工程のうち、行われていた工程はせいぜい1500程度でしたが。

ここまできて、ようやく工場内で行われている作業工程をすべて分類できる。「Aさんがaという商品を作るときの1番目の工程」と「Bさんがbという商品を作るときの2番目の工程」を比較できるようになるのです。それらが約1500あったということです。

 

諏訪田製作所で販売する「SUWADAつめ切り CLASSIC L」
諏訪田製作所で販売する「SUWADAつめ切り CLASSIC L」

 

――分類するだけでも、かなり大がかりな作業ですね。

そうなんです。次に、約1500の作業工程の一つひとつに単価を付けました。売り上げに準じたポイントを商品ごとに付し、全作業のうち工程ごとにかかる平均作業時間の割合で分配。これを基準の「工程単価」としました。職人には日々、自分がどの仕事をどれぐらいの時間でこなしたかを記録してもらいます。かかった時間が平均作業時間と同等であれば基準点、平均作業時間より短ければ加点、余計な時間がかかっていれば減点されて、ポイントを獲得していきます。

4年経って分析が終わったとき、従業員たちに対して「工程単価」を公開し、「こういう評価を始めます」と宣言してスタートしました。

 

――「工程単価」を示すことで、一人ひとりの毎日の売り上げがどの程度かを把握することができるようになったんですね。そして、毎月の総ポイントが評価として給与に反映する。日々の仕事ぶりは、個々人が記録するのですね?

そうです。8時の始業から17時の就業まで、休憩を挟んで2時間ごとに4タームで作業をするのですが、休憩時間ごと、あるいは午前と午後の2回に分けて、全員に作業の記録を付けてもらいます。そのために、テンキーだけで日報を付けられるシステムを作りました。

作業日報も、私が社長になってから始めたものです。初めは手書きだったのですが、書きたがらない人や、実際に書かない人もいました。中には「俺は職人なんだから、字を書きに来たわけではない。書く数分で手を動かしたほうが金になるんだから、会社はそのほうがいいだろ」と言う人もいて。

職人の世界には、職人という立場にあぐらをかいている人が、ものすごくたくさんいるんです。でも、職人の「自負」が「不遜」になってはいけませんよね。それに、どんなに腕が確かでもルールを守れない人と一緒には働けませんから。

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――「工程単価」を導入してからは、どのように運営していったのでしょうか。おのおのの成果と給与額が一致しないこともありそうですが……。

仕事ぶりを正しく評価できるようになって、若い人と女性の給与が大きく上がりました。一方で、ベテランの職人であっても、本来は給与を低くすべき人はいました。ただ、給与を下げるとモチベーションが下がるので、額面は変えませんでした。代わりに、一人ひとりと話し合い、たとえば「5年計画で売り上げを1~2割上げていこう」というように、それぞれ異なったソフトランディング方法を考えました。そのことは本人と私だけしか知らない秘密として。

従業員からすれば、突然、査定制度がスタートしたように見えますが、経営的に見れば、突然、給与にかかる費用が膨らむようになるわけです。それを見込んで、あらかじめ全体の労務費の給与分を確保したうえで再分配する必要がありました。

 

――売り上げと従業員の給与のバランスは、どれくらいで取れるようになったのでしょうか?

ソフトランディングには、もともとは10年かかる予定でした。しかし、成果が出るまでの期間に個人差があったものの、評価されているとわかれば伸びるもので、6年で全員が目標売上を達成することができました。社長就任から10年です。そこから毎年、微調整を重ねて、制度として完成するのに14、15年かかったんじゃないでしょうか。

 

――制度の完成がつい5年前とは驚きです。公開されているのは「工程評価」のみですか?

価格は非公開ですが、総ポイント数で600段ほどに分かれた給与の一覧表も公開されています。従業員、特に職人にとって大事なのは絶対評価で何点かではなく、相対評価なんですよね。

それぞれがわかるのは、本人が一覧表の何段目にいるかだけ。人間関係に響きますから、ほかの人の位置や給与はわかりません。ただ、他人との実力差ぐらい自分で感じていると思います。

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「行動」を決めるのは「心」。ならば従業員の「心」も知っておく必要がある

――小林さんは、すべての従業員と面談をしているそうですね。

はい。いま従業員は60人ぐらいになりましたが、20年間ずっと、年に一度は全員と面談しています。それぞれのバックボーンが知りたいので、短くても1時間、長いと半日かけて一対一で話をするんです。話した内容はすべてパソコンにメモしてあり、いまでは膨大な情報になっています。それぞれの外に出したくない話も書いてありますから、常にバックアップして、外のコンピュータとは絶対につなぎません。

このデータは、従業員とのコミュニケーションに欠かせないツールです。数年前にお子さんが高校入学していることがわかれば、「そろそろお子さんが就職だよね?」と話を振ることもできる。数年、お母さんの介護をしてきて、今ちょっと大変だとわかれば、「昨年、消化していない有給があるから、どうしても有給が足りなくなりそうだったら早く言え」と提案もできますよね。

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――いまでも自ら面談をするのはなぜですか?

仕事とは、行動ですよね。行動を決めるのは、心です。それならば、経営者としては従業員の心を知っておく必要がある。従業員数が多くなり、一人ひとりと話すことが減った分、余計に面談の機会を大切にしています。

一人ひとりが気持ちよく働いてやる気につなげてほしいし、数字で評価するだけでは会社に対する忠誠心も薄れる気がします。それでは仕事を覚えませんし、嫌々引き受けていると心を病んでしまう。心配事があったり、健康状態が悪かったりすると、作業効率が下がるんです。作業日報を見ていれば、「この日の前日は飲みすぎたんだな」ってこともわかりますよ(笑)。

よく「個性を尊重する」といいますが、本来は仕事で個性は尊重したくてもできない。個性で給与は出せないですからね。このデータは、評価の際も参考にします。評価は、「工程評価」というデジタルのデータと、面談で得たアナログな情報の両方を組み合わせて行います。どちらか一方で判断することはありません。

 

20年かけて会社としてはスタートラインに立ったばかり

――諏訪田製作所は2016年で90周年を迎えました。今後の展望を教えてください。

あと10年で100周年を迎えますが、そのころには社長の椅子は譲っているつもりです。私は今55歳ですが、経営の判断能力が落ちているので、ここ5年ぐらいで誰かに変わってもらわないと。

弊社は、20年かけて普通の会社になり、やっとスタート地点に立ちました。次期経営者には、もっと会社を変えていってほしいですね。

よいものづくりの追求は継続しつつ、3Kのイメージがある製造業を「きちんとした待遇のかっこいい職業」にしていきたいんですよ。そのために、待遇面を整備したり、労働環境を整えたりするのはもちろん、ユニフォームやインテリアをブラックで統一するなど、わずかなことに見えるかも知れませんが、工夫を重ねています。次の代の人は、ぜひ私とは違う方法で、会社だけでなく製造業そのものをステップアップさせてほしいと願っています。

 

(取材・文:有馬ゆえ 編集:松尾奈々絵/ノオト 撮影:栃久保誠)

<取材協力>

小林知行さん

1962年、新潟県三条市生まれ。1987年に明治大学商学部を卒業した後、地元の商社に勤務。1995年、諏訪田製作所入社。1997年、三代目として代表取締役に就任した。

諏訪田製作所 https://www.suwada.co.jp/

 

 

 

執筆者:有馬ゆえ
ライター、編集者。1978年、東京生まれ。2007年、有限会社ノオト入社。2012年よりフリーランスとしてメディアや広告のコンテンツ制作に携わる。話を聞いて、人や物事の魅力を伝えるのが好き。妻で母です。http://yuearima.tumblr.com/
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