働きやすい職場が会社を殺す? リクルートで敏腕を振るった人事が語る、悪人のマネジメント論

執筆者: 田中一成

働きやすい職場が会社を殺す? リクルートで敏腕を振るった人事が語る、悪人のマネジメント論

執筆者: 田中一成

「働きやすい職場が会社を殺す」
「部下の相談はスルーせよ」
「離職率は高くていい」

一見すると眉をひそめてしまうマネジメント論を展開するのは、組織人事コンサルタントの曽和利光さんだ。リクルートでは人事部のゼネラルマネージャー、ライフネット生命では保険総務部長、人事・採用部門の責任者を務め、2011年に独立・起業。これまでに面接した応募者は2万人を超え、アウトソーサーとして関わった企業は100社以上に上る。2017年末にはこれまでの人事経験を踏まえたマネジメント論をまとめた著書『悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?』(星海社)を出版した。

悪人を良しとする発想はどのようにして生まれたのか。自らをひねくれ者だと語る曽和さんに、その考えの源泉を伺った。

利己的な善人と、利他的な悪人が存在する

――曽和さんが語る悪人とは、どんな存在ですか。

一般的には、コミュニティの和を乱さず周囲と仲良くできる人を「善人」、自己主張が強くて周囲との軋轢が生まれることをためらわない人を「悪人」と言います。私は20年以上の人事経験によって、「利己的な善人」と「利他的な悪人」の存在に気づきました。

利己的な善人は、組織の変革が求められる場面でさえ、同僚や上司から嫌われることを恐れます。その結果、周囲に合わせて心にもない意見を言う。相手の反応を最優先する彼らに、創造性を期待することはできません。

一方、利他的な悪人は、周囲の評価ではなく、全体の利益を考えた上でストレートに意見を伝えます。信念を曲げずにものを言う姿は、人によっては悪人と捉えられるかもしれません。しかし、数々の会社で私が目の当たりにしてきた変革の陰には、利他的な悪人が大勢いました。

誰もが知っている悪人の代表例として挙げられるのが、スティーブ・ジョブズでしょう。iPhoneやMacなど歴史的発明をする一方で、気に入らない社員はすぐにクビにする。独裁的に経営をするその姿は、社内の人から恐れられていたそうです。周囲の人にとってはまさに悪人でしょうが、サービスを享受する僕らにとって、スティーブ・ジョブズは最高の善人でもあります。彼のような利他的な悪人は、全体の利益を考えているので、遠くから見ると善人に映るのです。

働きやすい職場が会社を殺す。ESとCSは相関しないという事実

――どのようなきっかけで、悪人のマネジメント論を考えついたのでしょうか。

執筆の過程で、自分の経験を整理していく中で気づきました。Webメディア「キャリコネニュース」の連載をまとめたのが今回の著書に繋がっているのですが、そのコーナータイトルは「働きやすい職場とは何か」。本のタイトルからは想像がつかないでしょう(笑)。まず、「働きやすい職場」というワードを見た時に「働きやすい職場って本当に良いものなのか」という疑問が浮かびました。そこで僕が出した結論は、「働きやすい職場が会社を殺す」です。

参考:「善人」が会社を滅ぼし、「悪人」が会社を伸ばす――会社に必要な人材を見極める重要ポイント(キャリコネニュース)

例えば、ES(従業員満足度)とCS(顧客満足度)は相関するとよく言われます。つまり、働きやすくなるほど業績が上がると一般には考えられている。しかし実際は、ESとCSの因果関係を示すデータはありません。CSを高める一つの手段としてESを高めることに異論はありませんが、いつのまにかESを向上させるという手段が目的化しているケースが多いんです。

このように一つひとつ、常識と言われていることを検証した結果、悪人のマネジメント論にたどり着きました。

――それらのマネジメント論を導く上で、実在のモデルはいましたか?

はい、「部下の相談はスルーせよ」「離職率は高くていい」といったマネジメント論なども、全て実体験です。変革を後押しする陰には、いつも悪人の存在がありました。例えばリクルートでは、かつて有能だったけど今は能力が衰えたスター社員に対し、10円ハゲをつくりながら「後輩のために席を譲ってくれないか」と説得し続けた人事がいて。彼はスター社員の取り巻きにボロクソのように嫌われても、変革を推し進めました。

彼のような悪人の見方を変えたいという思いもあります。そんな利他的な貢献があったからこそ会社が持ち直したのに、ただの悪人と捉えられた彼らの中には会社を去る者もいました。本来は、彼らのような人々が組織の上に行くべきでしょう。利他的な悪人の誤解を解いて光を当てたい、見方を変えたい、そして応援したいと思っています。

個人と同じように、組織にも意識と無意識がある

――しかし、ストレートに物を言う悪人は、日本では受け入れられにくいですよね。

そうですね。それには日本の文化が強く影響していると思います。「阿吽の呼吸」「以心伝心」「一を聞いて十を知る」といった慣用句を聞いても、言わずとも理解してほしいという文化が大切にされてきたことがわかります。

INSEAD教授であるエリン・メイヤーが著した本に『異文化理解力』があります。世界数十カ国の文化を8つのマネジメント領域で相対視した本です。その中で日本は、直接的なネガティブフィードバックを世界で一番嫌う国として挙げられています。ストレートに「あなたのここがダメ」と言われるのを嫌がるのです。僕はそれを「鼻毛理論」と名付けています(笑)。

――ユニークな名前ですね(笑)。

目の前の人の鼻毛が出ていても、多くの日本人は「鼻毛が出ていますよ」と言えないと思います。相手のスカートが破れているとか、歯に青のりが付いているとか、人のダメなところを注意しないんです。

何かネガティブなことを伝えるとしても、婉曲表現で伝えることが多いでしょう。その文化によって、文芸の世界で趣深い日本語が生まれたのは間違いありません。しかし、スピードが求められるビジネスの現場では、コミュニケーションコストや誤解を減らすためにも、はっきりとストレートに伝えることが重要なのです。

――ストレートに相手に伝えるのは勇気が必要になりますね。悪人はその役を買って出ている、と。逆説的なマネジメントをはじめ、曽和さんはなぜそういった見方ができるのでしょうか。

単にひねくれているだけかもしれません(笑)。僕は子どもの頃オカルト少年でした。月刊誌『ムー』を定期購読して、超能力にも詳しくなったりもしました。オカルトの語源は「隠されたもの」です。表面的にはこう思われるけど、実は違う真実があることに知的興奮を覚えていました。

京都大学で心理学を専攻したのも、オカルトの世界でもよく登場する心理学者・ユングについて学びたかったからでした。ユングは夢分析や集合的無意識、偶然の一致などを研究していた心理学者です。僕はその中でも、人の意識と無意識に興味を持ち、卒論では「意識と無意識の情報処理プロセスのちがい」について書きました。

そこで学んだことの一つは、意識的に入る情報と無意識に入る情報の処理の仕方は異なり、無意識で何を考えているのかは本人でもわからないということです。一番身近な自分ですらわからないのだから、人の集合体である組織はもっと複雑でしょう。

組織にも意識と無意識があります。意識は大義名分やルール、無意識は不文律や文化。どっちの影響が強いかと観察すると、組織も無意識に支配されているんですね。採用基準の不一致も、その一例と言えます。

――具体的にはどのような事例がありますか?

多くの会社では社内のハイパフォーマーに好成績の理由を聞き、彼らが必要だと言うスキルや人間性を参考にして採用基準を組み立てます。しかし、プロの仕事は無意識に処理されている領域が大きい。本人の意識下にある情報を分析しても理想の人物像にズレが生じてしまうのです。

採用現場の改善には国家的な取り組みが必要

——曽和さんは、人事を通してどんな社会を実現したいですか。

僕が代表を務める株式会社人材研究所では「人と組織の可能性の最大化」を目指しています。人や組織には無限の可能性があると考えていますが、それを阻むものはたくさんある。その一つが、就職活動における人材サービス企業の功罪です。

全否定するつもりはありませんが、彼らの作った就職活動の様式は、多くの学生を苦しめているのも事実。その一つがESです。学生に本音を聞くと「ESは本当になくなってほしい」と言います。1枚書くのに2〜3時間かかるのに、さくっと落とされることも少なくありませんから。そして数十社もの企業を相手に同じ作業をしていくので、気が狂いそうになってしまう。学業に影響が出るのは明白で、制度疲労を起こしています。少子化の影響で若者というのは希少人材になっているのに、それが活かされていない。とても非効率なマーケットになっています。

就活はあくまでも一例で、新卒採用でも中途採用でも、人と企業が出会う社会的なコストにはまだまだ無駄があります。それを削減していきたいですね。実現するために、企業側、応募者側に賢い就職活動の方法を啓蒙していけたらな、と。また、その取り組みを僕らだけで行うのではなく、リクルートやマイナビなど、各企業含めて一斉にできればと考えています。それは国家的に取り組むべき重要なことだと感じますし、いろんな会社と組むことでレバレッジをきかせ、最終的には採用の適材適所を実現したいですね。

そのためには僕自身が利他的な悪人になる必要があります。理想の悪人は、自分をより大きなモノの一部として、全体利益にコミットしている存在です。遠くを見つめ、マスの利益を考える。そんな悪人でありたいですね。

 

文・取材:田中一成 編集:松尾奈々絵(ノオト) 撮影:‎長野 竜成‎

曽和利光さん
1971年愛知県生まれ。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート入社後、人事部にて新卒・中途・契約社員採用や組織開発に携わり、ゼネラルマネージャーを務める。その後、ライフネット生命とオープンハウスで、人事・採用部門の責任者を歴任。2011年に独立し、株式会社人材研究所を立ち上げる。現在は同社の代表取締役社長として、大企業から中小・ベンチャー企業に対して採用や組織人事に関するコンサルティングやトレーニングを行なっている。

執筆者:田中一成
1994年東京都杉並区生まれ。大学卒業後は新卒のフリーランスライターに。主にビジネス分野や著名人の取材・執筆を行なっている。また、ゴールデン街でバーテンダーとしても活動している。
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