効率や利便性だけでは企業は大きく成長しない 「不便益」研究家・川上浩司先生が唱える“余白”の効能

執筆者: 松尾奈々絵

効率や利便性だけでは企業は大きく成長しない 「不便益」研究家・川上浩司先生が唱える“余白”の効能

執筆者: 松尾奈々絵

世の中、便利になったほうが幸せになる――。それを当たり前のように考えていないでしょうか。

便利ではなく、不便だからこそ受けられる恩恵「不便益」。これを研究している京都大学デザイン学ユニットの川上浩司先生は、「不便益」はありとあらゆる分野に応用できる考え方だと主張します。ということは、会社づくりにおいても、効率や利便性を高めることが必ずしも正解というわけではないのでしょうか…?不便益の可能性について、川上先生に話を伺ってきました。

不便益って何? 富士山の頂上まで登れるエスカレーターがあったらうれしい?

――なかなか聞きなれない言葉なのですが、「不便益」について詳しく教えていただけますか?

現代社会のものさしから「不便」だと思われがちなことに「益」を見出すこと。これが不便益という発想です。不便というと、「昔はよかったよね」という懐古主義を連想されることもありますが、そうではありません。それどころか、不便だからこその効用が得られる新しいシステムをデザインするための方法論を作りたいと思っています。

本当にその便利が必要なのか、便利と豊かはイコールなのか。不便益は、いま当たり前になっていることを見つめなおす学問でもあるのです。

――「不便」と聞くと、「嫌だな」とつい考えがちです。

そうなんですよね。ストレスなどネガティブなものではないと「不便」と言わないのでは?という意見もあります。定義は難しいのですが、僕は手間がかかったり、頭を使わなければいけなかったりすることを「不便」と位置づけ、研究しています。そのため「不便益」は「手間がかかって嬉しいこと」といえばわかりやすいかもしれません。

――具体的にどのような事例を「不便益」と指すのでしょうか?

よく話すのは、富士山の頂上までエレベーターを作ることです。「便利になった! うれしい!」と、全員が思わないでしょう? 山登りの本来の意味がなくなりますから。

また、子供の頃の遠足のおやつ。「何円以内ですよ」と制約がありましたよね。もし自由に好きなだけおやつを持ってきても良かったとしたら、どうでしょう。遠足前日に半日をつぶしてスーパーをうろついたり、自分だけの組み合わせを考え抜いたりする楽しさが奪われますよね。

 

不便益は会社に活かせる? 手間がかかるからこそ良い作業も

――確かに、手間がかかるからこそ楽しいって、身近にあふれているものですね。先生はありとあらゆるものに応用できる、とお話されていますが、仕事にも応用できるでしょうか?

ベルトコンベアを使った流れ作業は、ライン生産方式と呼ばれます。これは大量生産には便利です。一人ひとりが「塗装する」「ネジの数を確認する」など、業務が細かく分担されている仕事の方法ですね。

一方、セル生産方式という、少人数のチームで製品組み立てをする方式も近年よく見られるようになってきました。業務を分担するのではなく、一人が全体を見て仕事する方法です。セル生産方式は、情報機器や家電、自動車など幅広い分野で取り入れられています。もともとは多品種少量生産に対応するための方式という側面がありますが、私は作業者のモチベーションとスキルがお互いに高めあう状態になる点に注目しています。

――全体を組み立てられた方がモチベーションアップにつながる、と。

はい。単純に「車1台組み立てられる仕事」と「ネジを締める仕事」とでは、仕事の良し悪しではなく、達成感やモチベーションが変わってくるのではないでしょうか。そうやって、仕事が楽しくなると、頑張りたくなる。スキルとモチベーションの向上が循環しますよね。

――川上さんから見て、今の会社組織において便利が害になっていると感じることはありますか?

縦割り文化ですね。専門性を高める方が効率的なんだけど、あえて不便だけどいろいろなことにチャレンジする文化は残るといいなと。

 

――川上さんはどのような会社が理想だと思いますか?

抽象的な言い方になりますが、働いたことが目に見えて、その手間をかけた価値がすぐわかり、それが楽しくなって、もっと仕事をやりたくなる……。好循環が起こる会社がいいなと思います。

企業とは違いますが、京都大学の教育って、自然農とか放牧に例えられた時代がありました。余白まみれ(笑)。学生にほとんど任せていて、「研究したかったら自分でやってね」と。毎日刈り取られた芝生は綺麗だと思うんですが、その中から大木が生えることはないんですよ。一方、自然農でほったらかしておくと、大概は朽ち果てるんだけど(苦笑)、たまに大木が育ったりもする。

――学生を信用しているのでしょうか。 

うーん。信用しているというか、私が学生の頃はいっそ朽ち果ててもいいと思われていたんじゃないかと(笑)。大木を育てるためには、9割朽ち果てても仕方ない。昔に比べるといまは「ネグレクトだ」って言われるようになって、だんだん必須単位が増えてしまったけどね。極端かもしれないけど、昔の京大は超余白まみれで。もう、余白だけだったのかもしれないですね。

――「働き方改革」や「時短」という言葉によって、システマティックな働き方が良しとされてきているように感じるのですが、川上さんはどう思われますか?

 もちろん、効率化を目指すのは悪いことではありません。でも、それだけをゴールにしていると、その途中のさまざまな機会が失われてしまうことを見逃してしまっているかもしれませんよね。

先日、看護師さんから聞いた話ですが、看護師の世界もシステマティックな方法にシフトしていっているみたいなんですよ。各業務が専門化しているわけです。極端な話、静脈注射がすごく上手な看護師さんが、朝から晩までたくさんの患者さんに静脈注射だけを打っていけば安全なんじゃないかという。

でも、その看護師さんは、患者さん一人ひとりと向き合って、コミュニケーションをとれる時間が少なくなりますよね。すると、患者さんに対して一人の人間として付き合えない部分も出てくる。確かに、システマティックにしたほうが効率的だけど、果たしてそれでいいのか。患者さんとしっかり付き合いたいと悩む看護師さんもいるそうです。何をゴールにするのかにもよりますが、そういったモチベーションの源泉になる声を聞き漏らしてはいけません。

 「不便益」から会社づくりを考えるには?

――会社ってそもそも利益を追求するための存在ですよね。「不便益」を考えると、逆方向に行ってしまっている、という危険はないでしょうか。

極論をいうと、なんにもせず座っているだけで利益が出たら「おもしろくない」と僕は思う。そこに座っているのは、誰でもいいということですから。誰がやっても結果が同じなら、モチベーションは上がりませんよね。

だから、ルーティンで業務をこなしていけば済むのではなく、手間をかけさせてもらえる余地がある。そういう工夫の余地があるといいのかな。仕事の内容に余白のようなものがある「あんただからこそ」が生まれる仕事、ですね。

――誰にでも替えがきくとなると、モチベーションは確かに下がります。

マクドナルドには厳格なマニュアルがあり、その通りに全員が業務をこなしている。一方、同じ飲食店でも、スターバックスは現場にいろいろと決められる権限があり、経営の仕方がお店によって余白が多いそうです。今日お話をしていて思ったのは、僕が好きなのは「スタバ式」なのかもしれないということ。もちろんどちらにも良さはありますし、言われた通りのことをしっかりとこなすのは大変だけど、気持ちがラクだという意見もあるのでしょうけどね。 

――工夫できる余地というのは、例えばどんなものがありますか?

たとえば、分析・計測機器大手の堀場製作所さんは、部下からの報告書をサーバーにアップロードしたら自動的に上司に送られるシステムを作り、効率化を目指しました。そうしたら、社長さんが「それは便利すぎる」と言い出した。結局、「あの報告、どうなってる?」と、上から質問する操作ががあってはじめて報告するシステムに変えたそうです。上司が部下の取り組んでいるプロジェクトを自分事化にするために、ひと手間をかけるべきだと判断したわけですね。

何もしなくても勝手に来た情報って、基本的に見ないでしょう。ダイレクトメールも、実はおもしろいことが書いてあっても、なかなか読まないものなんです。プッシュ型の情報って大事にされづらくて、自分で取りに行く情報のほうが、明らかに情報の価値は高い。

ですから、「あれはどうなった」ボタンをつくったことで、部下が作ったプロジェクトが自分事になるし、部下から見ても「私が取り組んでいることに、ちゃんと興味をもってくれているんだ」と感じられる。それもひとつ不便だけれど、益があることではないでしょうか。

――なるほど。工夫できる余地が会社づくりにおいては必要とされますね。

会社の成長性を考えると、トライしないと成長できないことを理解しているならば、失敗を許せる余白も必要だと思います。シャープが元気だったころに活躍していた方のインタビュー記事を最近読みましたが、「ほとんど失敗していた」とお話しされていました。失敗が当たり前だったと。当時は失敗ができる余白があったんでしょうね。これが成長の源泉だったのではないでしょうか。

最近の世の中は、一度足を踏み外したら、なかなか元に戻れないイメージがつきまといます。プチけがやプチ失敗なんて、いくらでもできたらいい。そうじゃないと、成長できないし、変わる機会さえ奪われてしまいますから。便利さや効率化だけを求めていったら、成長や変化に必要な余白がなくなってしまう。失敗したり手間がかかったりするほど、仕事もかわいく見えてくるものですよ。

 

(企画・執筆:松尾奈々絵/ノオト)

取材協力:川上浩司(ひろし)さん 京都大学工学部卒業、同大学大学院工学研究科修了。現在、京都大学デザイン学ユニット・特定教授。著書に『不便益という発想~ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも 行き詰まりを感じているなら、 不便をとり入れてみてはどうですか?』(インプレス)『京大式DEEP THINKING』(サンマーク出版)など。

 

執筆者:松尾奈々絵
有限会社ノオトの編集者・ライター。品川圏域のニュースを届ける「品川経済新聞」やビジネスパーソン向けのオウンドメディアを担当。
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