ウェルビーイングに大切なのは他者との関係性。感覚を共有することがもたらす幸せとは。

執筆者: 河西遼

ウェルビーイングに大切なのは他者との関係性。感覚を共有することがもたらす幸せとは。

執筆者: 河西遼

「心臓ピクニック」というワークショップを聞いたことがありますか?

「心臓ボックス」と呼ばれるデバイスを使い、心臓の鼓動を手で触って感じられるワークショップです。自分や他者の存在を身体的に認識し、他者との距離を縮めることができます。

そのワークショップを手掛けるのは、NTTコミュニケーション科学基礎研究所で「触覚や身体感覚が人の心へ及ぼす影響」を研究する渡邊淳司さん。渡邊さんは、テクノロジーを用いて人と人の関係性をデザインし直し、「ウェルビーイングのエコシステム」実現を目指しています。

心臓の鼓動を感じることが、人の関係性にどんな影響を及ぼすのか。
テクノロジーがウェルビーイングにどう繋がるのか。
ネットプロテクションズ人事の河西がお話を伺いました。(人事の私が「先駆者」たちに話を聞きに行く理由

渡邊淳司
NTTコミュニケーション科学基礎研究所、人間情報研究部感覚共鳴研究グループ 主任研究員(特別研究員)。東京工業大学工学院特任准教授。

身体感覚を共有することで、他者を感じ、距離が縮まる

ー「心臓ピクニック」とはとても印象的な名前ですが、渡邊さんは、ウェルビーイングに繋がる研究も行っていると伺いました。具体的にはどのような研究をしているのでしょうか。

私の専門は触覚の研究で、特に、触れることで伝わる情報についてや、身体感覚が人の感情に与える影響について調べています。研究といっても、部屋にこもるだけではなく、外でワークショップを行ったり、技術をどう活かしていくか自分の体験に基づいて考えていることが多いです。

心臓ピクニックは、その一つです。聴診器と振動スピーカーが繋がったデバイスを使い、自分や他者の心臓の鼓動に触れることができます。ワークショップでは、自己紹介する前に心臓を渡し合います。名前などの「記号」を交換することも大切ですが、その前に、身体感覚を通して人の存在を感じることは、とても大切です。

人によって、他人との距離の取り方とか、仲良くなる方法って違うじゃないですか。急に仲良くなる人もいれば、ゆっくり時間をかける人もいます。関係性が変化する速度は人によって違うはずなのに、人が集まるとその変化の違いから軋轢が生まれます。例えば、いきなり仲良くなりたいと思っているわけではないのに、それを強要されてしまったり。そのギャップを埋め、人との距離を縮めるための架け橋として、触覚など身体的な感覚の共有があると考えています。

よくある話ですが、一緒に足湯に入ったり、一緒にご飯を食べたりすると、人との距離がいつの間にか縮まっていきます。お祭りとか、神輿を担ぐのもそうですね。ただ、このような体験は非日常にあるもので特に、都市に暮らしていると、たくさんの他人とすれ違う中で、身体的に繋がる機会はほとんどありません。

だから、テクノロジーの力を使って、日常の中で身体感覚を共有できる場を作りたいと思いました。デジタルの力を借りて、これまでとは違うチャネルで、身体感覚を共有できるようにできたらと。それが僕の研究のモチベーションです。

相手の心臓の鼓動を手にとって感じることができる「心臓ボックス」

自分が幸せになれる立ち位置を知る

ー身体感覚を通して、他者の存在を認識する。それも、テクノロジーを利用して日常の中で行えるようにすると。その研究が、ウェルビーイングにどう繋がるのでしょうか。

そもそも、個人がウェルビーイングを実現するためには、達成感を感じるとか、自律的に行動するとか、人の役に立つとか、自分の無意識の反応に気がつくとか、いろんな要素があると思います。ですが、そもそも、自分がそういう状態でいられる人と一緒にいることが最初にあると思っています。他者と関係なく自分が達成感を感じられればいいというものではなく、その人が幸せを感じる要素がうまく満たされる人と関係を作ることが大事ではないかと。違う言い方をすると、どういう場に自分を置くか。どこにいると幸せを感じられるのかを考える必要があるのかなと思います。

だから、「どんなにつらい環境でも、自律性が大事だから自分が自律していれば幸せだ」というのは少し違う気がしています。そのような状況だったら、もしかしたら、自律であることを一人で頑張るのではなく、自分に自律性を感じさせてくれるような人がいる環境へ移る方がいいのかもしれません。

自分が幸せを感じるためにどこに自分の身を置けばいいかを考えると、自分の位置からの視点だけでなく、俯瞰した視点が必要になるのです。様々な関係性を上から俯瞰することで、「この辺だったら自分のウェルビーイングの要因が実現されるかな」というものが分かってくるのだと思います。

一人称として自分の目の前のことに対する幸せを扱う視点と、俯瞰した立ち位置から、自分をどう扱えば全体も自分も幸せになるのかを見る、二重の視点。俯瞰すると、自分がうまく立ち回るためには、他の人も順調じゃないとだめだよねとか、そういうことも見えてきます。

もちろん、全体と個人の価値観を、完全に一致させる必要はありません。個人が自律的であり、かつ組織も自律的であることが大事。それは、身体でも同じことが言えるかもしれません。例えば、僕がペンを取りたいと思った時に、意識ではペンを取りたいとしか思っていませんが、同時に意識で制御できない意識下の働きが「この筋肉を動かして」みたいに、動作が一番楽になるように手を動かしてくれる。大まかな方向性は統一されつつ、個別の部分は自律的に動いているということですね。

組織内でも2つの視点が必要

ー個と全体視点を持つことで、自分が幸せでいられる立ち位置を探す。自分以外の視点を得るために、テクノロジーを利用するということですね。会社組織の中で、個人が幸せでありつつ、会社の目標が達成される状態を作るために必要なことも同様でしょうか。

違う視点のものがそれぞれ自分の幸せを考えるというのは、組織でも変わりません。個人が自律的に動く中で、集団となることで上の階層に一つの文脈が生まれて、組織としての意図が働くという考え方です。

組織を擬人化すれば、組織も幸せになりたいと考えているわけです。もう少し具体的には、そこにいる人材の潜在能力を発揮するとか、社会の中でいきいきと活動し、外部に貢献するとか、組織という単位でも、個人が幸せを求めるのと同じ行動をしているのです。

そうであるならば、個人が両方の視点を持てたほうが、最終的には幸せになるのではないかと思います。そのためには、「同じ立ち位置の横の人への共感」ではなく、「違う立ち位置の人に共感する力」が求められます。言い換えると、自分とは全然違う判断軸の中で生きてる人に共感する力が必要になります。組織の中で、立場によって全く違う判断をしないといけない人たちに対して何らかの共感ができるようになれば、組織と個人の両方のウェルビーイングの度合いが高まると思います。

テクノロジーは使い方次第

ー心臓ボックスはその一例かと思いますが、異なる立場の視点を得るために、他にはどのようなテクノロジーが役に立っていると感じますか。

最近だと、VR(virtual reality)が注目されていますが、VRはまさにその人の視点になることができます。例えば、視野が狭くなってしまう等、視覚に障がいを持たれている人の世界をVRで体験することで、「こんなに見えないのか」と初めて理解できることもあります。身体的に同一化することで、人の想像力が変わるのです。

そういう意味では、VRは他の世界に行くための道具ではなくて、現実の見え方を変えるための道具だと思うんです。違う人の視点で世界を見た時に、自分とは見えるものがどれだけ異なるかを知る。実際、VRを使って、白人の人が、黒人の人の視点で世界を見た時に、どう感じるかといった研究もあります。現実に対する認知を変えるためにVRを活用できたら面白いなと思います。

ー逆に、テクノロジーの発展がウェルビーイングを損なう可能性はないのでしょうか。よく、人工知能が人の仕事を奪うのではないかと言われたりしますよね。

個人的には、テクノロジーに良し悪しはないと思っています。『Nature of Technology』という本があるのですが、そこでは、テクノロジーは自律的な生命として捉えられていて、私もそのようなイメージを持っています。生きてるというと変な感じがするかもしれませんが、テクノロジーをひとつの体系という視点で捉えれば、人を媒介にして、どんどん種を増やしたり、増殖したりしているともいえます。そう考えるとテクノロジーには機能的としては生命的な特徴があるのではと思っています。

それが良いものか悪いものかは、人が勝手に判断しているだけで、テクノロジーはあくまで素材であって、それにどう価値をつけて、どう使うかは、人間次第なんですね。

目に見えないものを形にする

ー最後に、研究や活動を通して、渡邊さんが実現したい世界を教えてください。

ひとつひとつの研究では、実験をして人間の特性を測ったりしていますが、それを素材にして、人同士や社会との関係性を、身体的に認知できるようにしたいと思っています。色んな人同士が集まって社会ができている限り、人が生きる上で他者との合意形成は不可欠です。テクノロジーを使い双方の視点を共有したり、共感できるようにして、人と人の距離を縮める、もしくは適切な距離を持つことができればと思います。

気を付けたいのは、合意形成は「同意」の形成ではないことです。例えば、AとBという意見があったとき、同じ答えを持つことが正解なのではなく、双方が許容できる範囲内で、ある程度納得できる答えCを見つけることがゴールです。人と人との距離を縮めることと同時に、このようなマインドセットは社会全体にもっと広がるべきだと思っています。

また、見えないものの実感をつくることもやっていきたいです。ワークショップの様な場のデザインは、目に見えないものなので、そこに目を向けられなかったり、誰でもやればできるように誤解されることもあります。だけど、そこには目に見えるものと同じくらいの価値があるし、理論も存在すると思うんです。それを、もう少しちゃんとした体系にしていきたいです。

例えば、「ジョハリの窓」の話はわりと考えていることに近いかもしれません。あの図は、人が他者と会って話をする意味を見える化したものだと思っています。つまり、自分では認識できていないけれど相手は認識している部分、盲点の窓を相手とのやり取りを通して意識化してもらうことが、人と対話する意味だと。

「自分では何となく感じているけど意識化できていない部分」を、うまく引き出せるような関係性、対話の在り方をデザインしたいですね。今は、匠の技みたいになってしまっているものを、テクノロジーとしてワークショップのような手順でも良いので、体系化していきたい。そうすれば、生活の中でもっと色々なことを感じられるようになるでしょうし、チームで新しいものを作ったり、色んなことをうまくやれたりして、結果として心の状態も良く保たれる環境になるのではないかと。

 

インタビューを終えて

環境と個の関係性において、個が完全に独立することを目指すのではなく、環境全体を関係性のシステムとして捉えて相乗効果を目指すべきというお話については、私たちの会社でも「自律・分散・協調型組織」を掲げ、会社と個人のフラットな相互支援関係にチャレンジしている最中のため、共感を覚える点が多かったです。

また、そのような社会を実現するためには、各人の「共感力」が重要になるという点は、以前光吉さんに伺った道徳レベルのお話にも通じるところを覚えました。確かに、人々が理性だけでなく感性レベルでも協調を望むようになれれば、より自然と社会的なウェルビーイングが実現されるようになっていくでしょう。

そしてその後押しを、テクノロジーの進化と、それをプロダクト化していく我々が担っているのだということを自覚するよい機会となりました。

渡邊さん、貴重なお話をどうもありがとうございました!

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執筆者:河西遼
2013年、東大を卒業し新卒でネットプロテクションズに入社。
入社後は新規事業として「NP後払いair」の立ち上げ責任者を経て、自ら異動希望を出し、現職の人事企画に至っている。内に秘めた知的好奇心を追求し、「人の感情のメカニズムや、最大幸福のための社会設計」について日々考えを巡らしている。
今後は会社のミッションと個人の幸せの両立を模索しながら、会社組織の新しい「アタリマエ」を実現していきたいと考えている。
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