組織に天才はいらない。能楽師・安田登さんに聞いた「ミレニアム企業論」

執筆者: 中森りほ

組織に天才はいらない。能楽師・安田登さんに聞いた「ミレニアム企業論」

執筆者: 中森りほ

「能」はおよそ650年前の室町時代、観阿弥・世阿弥父子によって大成された芸能だ。現在に至るまで、一度の断絶もなく上演され続け、世界無形文化遺産にも認定されている。

なぜこれほど長期に渡って受け継がれてきたのか。能楽師の安田登さんは、能はある意味「長寿企業」であり、これだけ長く続いてきたのには能独自の考え方があるからだという。

能はこれまでどんな伝統を引き継ぎ、そしてどんな変化を取り入れてきたのだろう? 能の世界で培われた組織づくりの考え方をヒントに、これからの企業のあり方を考えてみた。

天才に依存せず、誰でもできる仕組みを組織に取り入れる

――能は650年も続く、ある意味ミレニアム企業であると安田さんは主張されています。これだけ長期に渡って続いた理由は何だったと分析しますか?

一つには「天才に依存しない」ことが挙げられます。天才に依存してしまうと、その天才がいなくなった途端、組織が成り立たなくなってしまいますよね。これは企業においても同じだと思います。そうならないように、能の世界では誰でもできる方法を作り、天才に依存しない仕組みづくりが行われてきました。

例えば、世阿弥は「陰陽の和(くゎ)するところの境」という言葉を使っています。「陰」、すなわち観客の気持ちが沈む雨や夜には、「陽」、すなわち華やかに演じ、逆の状況ではそれを反対にせよ、という教えです。これはいうのは簡単ですが、実行は難しい。

しかし、これができるのは天才だけです。役者や演奏者は、プロとはいっても観客の反応が悪いと影響されてしまい、演技や演奏が弱々しくなってしまうのは仕方のないことです。そこで能の楽器の構造にそれを仕組みました。

能の楽器は笛、太鼓と、そして「大鼓(おおつづみ)」と「小鼓」という2つの鼓があります。この2つの鼓は、適した湿度がまったく逆です。「大鼓(おおつづみ)」は乾燥を好み、「小鼓」は湿気を好みます。晴れて乾燥した日には「大鼓」がよく鳴り、雨など湿度の高い日には「小鼓」がよく鳴るのです。そして、一小節の中の奇数拍を主に「大鼓」に、偶数泊を主に「小鼓」に割り当てました。

「大鼓」の受け持つ奇数拍は、いわゆる「宴会拍子」。これがよく鳴ると曲のスピードは落ち、全体が抑えられます。それに対して「小鼓」の偶数泊は「後打ち」。ロックやポップスのリズムです。ノリがよく華やかになります。

観客の気持ちが沈みがちな曇りや雨の日は「小鼓」がよく鳴るので、自然に華やかになり、観客の気が必要以上に上がりがちな晴れの日には自然に抑えられる。そのような仕組みを楽器の構造の中に仕掛けたのです。

このように、能は道具をうまく使い、役者や演奏者だけに依存しない構造になっているわけです。こういう工夫の積み重ねによって、能は継承されてきたのではないでしょうか。

――それは、観阿弥・世阿弥父子時代によって作られ、受け継がれた仕組みでしょうか?

この構造を観阿弥や世阿弥が作ったかどうかはわかりません。しかし、世阿弥が作った「能作書」という能を作るためのマニュアルがあり、これも天才に依存しない工夫と言えるかもしれません。これは息子の元能や元雅などに向けて、一座を存続させるために作成した本です。この能作書を手本にすると、誰でも能っぽい作品を作ることができますから。

 「温故知新」がイノベーションに繋がる

――ただ、マニュアルがあっただけで、650年も受け継がれるほどたやすいものだとは思えません。能が代々受け継がれる中で、一貫した方針のようなものはあったのでしょうか?

それは観阿弥・世阿弥が好んで使った「初心忘るべからず」です。初心の「初」の字は、左側が「衣」、右側が「刀」で、もともとは着物を作るときに、布地に刀(ハサミ)を入れる、その最初を意味する語です。どんな美しい布地でも着物を作るためにはハサミを入れなければならない。それと同じように、人は進歩をするためには、過去の自分を切り捨てなければならない、これが「初心」の意味です。

能自体も何度も大きな変化を経験して来たし、その都度、さまざまなものを切り捨ててきました。大きく時代が変わる時は、過去の常識は役に立たないことが多いもの。じゃあ、切り捨てたときに、どうやったらイノベーションを起こすことができるのか。これは、孔子の「温故知新」に示されています。実は世阿弥も孔子を何度も引用していますので、おそらく世阿弥の「初心」にも孔子の思想が入っていたのかも知れません。

歴史を遡ると、孔子の時代における知新の「知」は「至」という字でした。これは矢が地面に突き刺さった象形文字です。「知新」の「新」は、「木」と「斧」から成る漢字で、新たな切断面を意味します。そして「温故」は、簡単に説明すると古いことをぐつぐつ煮込むという意味。また、「温」の上の「日」はかつて「囚」が使われていて、箱の中に人が閉じ込められている形なんですね。閉じ込められると鬱々としますでしょ。ひとりで閉じこもって、鬱々とした状態で、何年も何年もかけて思考を温めていると、突然現れるのが「新」。つまり、頭の中で考えをぐつぐつ煮込んでいると、今まで見たことのないような新しい切断面や知見が突然出現するというのが、温故知新の本来の意味なんです。世阿弥はこの温故知新を体現していたと、私は考えています。

――過去の成功体験を参考に、短いスパンでトライ&エラーを繰り返す。あるいは、会議で自由闊達に意見を出し合う。こういったことがイノベーションにつながるのではなく、頭の中で思考を発酵させてやっと出た新しいものこそイノベーションを起こすということでしょうか。

そうですね。ハイパーテキストの概念は、テッド・ネルソンのザナドゥ計画【※1】が始まりでした。彼も一人でコツコツ考え込むタイプだったようです。みんなで集まって会議でワイワイ話し合うのではなく、自己にこもってじっと思考を発酵させる、この温故が新しいものを生み出すためには大事なのだと思います。

【※1】テッド・ネルソンが1960年に開発をスタートしたシステム。コンピュータネットワーク上に単純なユーザインタフェースを構築することを目標とした。2014年に開発開始から54年間を経て、ソフトウェア「OpenXanadu」をリリース。

 古い自己を裁ち切り、新たな自己として生まれ変わること

――能が長寿企業になりえたもう1つの要素として、安田さんは「初心」をキーワードに挙げています。こちらについて、改めて詳しく教えてください。

さっきもお話しましたが、一般に「初心忘るべからず」は、それを始めたときの初々しい気持ちを忘れてはいけないという意味で使われています。しかし、世阿弥が考えるこの言葉の真意は、折りあるごとに古い自己を裁ち切り、新たな自己として生まれ変わらなければならないという意味なのです。この「初心」というシステムを能の中に取り入れたことによって、能は常にイノベーションを繰り返す芸能になり、長寿企業のような存在になったと私は捉えています。

――古い自己を断ち切るのは年齢を重ねるほど難しいように思いますが、どのように取り入れてきたのでしょうか。

能楽師は、入門した当初からずっと初心的な生活、古い自己を断ち切ることを強いられます。稽古を続けていると、ある日、師匠から「来年、この曲(演目)をやれ」と言われます。いわゆる「披(ひら)き」というものです。しかし、その曲は、少なくとも今の稽古の延長ではできない。それをするためには、文字通り崖から飛び降りるような恐怖体験を伴う跳躍が求められるのです。それが「初心」です。こういう「初心」を生涯、何度も繰り返すことで、初心気質が身につきます。

そのように自分ができないことに挑み続けることがイノベーションにつながるのではないでしょうか。イノベーションを繰り返すためには、自己を奮い立たせるより、初心気質をいかに身に着けるかが重要です。

自己の殻をいかに破れるかです。ビジネスマンであれば、本屋で自分の興味のない棚に向かう時間を作ってみてはいかがでしょう。興味がないものをなくすのは、初心のいい訓練になると思います。

組織内で初心の考えを取り入れるのであれば、今の時代は難しいかもしれませんね。強いて言えるとすれば、努力をしてもできそうもないことを、期限を決めてやらせることが挙げられます。できないことをやらせると、自分の殻を破るしかなくなり、その結果、新たな自己に出会える可能性があります。ただし、誰しも殻を破れるわけではないんですよね。

ピークは60歳以上かもしれない。才能の芽が出るタイミングは人それぞれ違う

――もし殻を破れなかった場合、能の世界ではその救済措置はあるのでしょうか?

ありません。救済してしまうと、みんな「救済してもらえる」と甘えてしまうでしょう? ただし見放しはしません。

というのも、能の世界では人それぞれ才能の芽が出るタイミングが異なると考えているからです。若くして芽が出る人もいれば、60歳になってやっと芽が出る人もいる。ブレイクを迎えず死んでしまうこともあるでしょうけれど、それはそれで諦めて来世に期待すればいい。いつブレイクするかわからないからこそ、現代では能楽師の出演料は完全年功序列制なんです。

――長いスパンでその人の成長を見守るというのは、人生100年時代にはより必要な心がけかもしれませんね。

子どもに能を教えるときも、長い目を意識しています。すぐにブレイクさせるとすぐにダメになってしまうでしょ。30歳で引退なんて早すぎます。その子が80歳になった姿を想像しながら指導しています。

また、能の世界では「この演目がうまくいったのは誰のおかげだ」と考えることはなく、むしろ「誰が良かった」と個人を評価する雰囲気を嫌います。それぞれが自立しているけれども、敵対視はせず、オープンなコミュニケーションを取り、一人に依存せず、みんなで一つのものを作り上げる。これは能の大きな特徴かもしれません。

企業に必要なのはモノを考えるチームと、それを編集し社会に届けるチーム

――長寿の時代ながら変化の激しい昨今、企業が長続きするのはかつてより難しくなったように感じます。

組織をどんどん大きくして高く飛ぼうとすると、大きくお金を借りる必要が出てきますよね。そうではなく、身の丈にあった規模感で、自分たちの周りに小さい円を作るような運営がいいのではないでしょうか。

能の世界でも「もう少しマーケティングをしたら、もっとお客さんが来るのではないか」という声をよくもらいますが、能って5000人のお客さんの前でやっても面白くないんです。650人くらいが適切。下手に大きくしようとしないことが、組織を長く続ける上で重要な心がけだと思います。

――経営者の視点で組織づくりを考えたときに、能の「初心」や「伝統」を具体的に生かすことはできそうでしょうか?

私たちは何か新しいことをしようとすると「前例はどうだ」とか「類似のものはどのくらい売れたか」などと統計に則って売上を予測しがちです。確かにいままではそれが効果的でした。しかし、変化の時代においては統計的な方法論だけではうまくいかないでしょう。そこで考えられるのが、古事記の神様として登場する思金神(オモイカネノカミ)のような存在です。

思金神はモノを考えることに特化した神様で、突飛な方法を出してきます。特に有名なのは、「岩戸隠れ」ですね。天の岩戸に閉じこもってしまった天照大神に、どうやって出てきてもらうのか、その知恵を八百万の神に授けたといわれています。

すなわち組織のヒエラルキーの外に特殊部門のような形で、未来を考えるためだけのチームを作ること。そして、そこにはほかの人は一切口出しをしないこと。早くしろとか、そういうこともダメです。そこで出てきた突飛な企画や方法論を翻訳して社内で共有し、社会にどう届けるか編集するチームを別で作ることが重要ですね。

――能が常に新しいものを取り入れ変化を厭わなかった反面、変わらずあり続けてきたものはありますか?

いっぱいあります。でもね、それが何かと質問されると、具体的に言えないんですよ。どういうことかというと、いま私は62歳ですが、3歳の安田登と62歳の安田登は一見するとまったく違う人間に見える。しかし、安田登であることは変わらないでしょ。そういうところなんですよ、大事なのは。だから、能は能である限り、能であり続けるのです。

(取材・文:中森りほ 編集:松尾奈々絵/ノオト 撮影:栃久保誠)

<取材協力>安田登さん
1956年千葉県生まれ。大学時代に中国古代哲学を学び、その後漢和辞典の執筆に携わる。25歳のときに能を知り、鏑木岑男師に弟子入りする。能楽師として活躍しながら、『論語』『平家物語』『古事記』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を全国各地で開催する。

<撮影協力>宮越屋珈琲 恵比寿三越店

 

執筆者:中森りほ
フリーライター&編集者。『Hanako.tokyo』や『OZmall』、『Dress』『Rettyグルメニュース』などのウェブメディア、『吉祥寺本』『OZmagazine』などの紙媒体にてグルメや観光スポットの取材、識者・芸能人インタビューなどを行い記事を執筆中。Twitter:@nakariho Blog:http://nakariho.com/
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