黒字経営を50年支えた人間尊重の経営哲学 理想とビジネスを共存させる覚悟とは

黒字経営を50年支えた人間尊重の経営哲学 理想とビジネスを共存させる覚悟とは

・50年間黒字経営
・会社の利益の25%を年2回のボーナスとは別に社員に「利益分配金」として支給
・会社の利益の5%を「社会連帯支援金制度」として社会的弱者への支援活動

そんな会社があるのをご存知ですか?
大阪にある創業91年の老舗企業株式会社山田硝子店です。山田硝子店は人間尊重主義を経営に組み込み、社員の幸せを最優先にし、その目的を達成するため会社の利益を追求してきました。

この会社を50年間支えたのは、現在同社相談役を務める山田晶一さん。大学在学中に父を亡くし、卒業後、山田さんが代表取締役に就任した当時は社員数15名で、累計赤字は現在の貨幣価値で10億円余り。まさに倒産寸前の会社でした。

代表取締役に就任してから、主要仕入れ先の板ガラスメーカーの支援のもと、およそ50年で社員数100名余り、年商30億円の企業へと成長させました。赤字だった経営を立て直し、理想を掲げながら会社を成長させていった背景には、どのような工夫や葛藤があったのでしょうか。理想と現実を両立させるために必要な力とは。お話を伺いました。

山田晶一
1938年大阪市生まれ。大阪明星高校時代にロシアの大文豪レフ・トルストイの自己犠牲的な晩年のキリスト信仰の文学に感銘を受け、神戸市外国語大学ロシア学科に入学。ロシア文学を通して「人間愛のあり方」について探究する。しかし、大学在学中に父の死をきっかけに山田硝子店代表取締役へ就任。会社が抱えていた赤字を5年で解消し、その後50年間黒字経営を行う。現在は同社相談役として経営から退き、日本国際飢餓対策機構理事、キングスガーデン三重老人ホーム監事などを勤めている。
著書『一度死んだと思えば、何でもできる! | 』

人間の弱さを認め「理性と愛情」でマネジメントする

──大赤字の会社を立て直すために、どのような工夫をしてきたのでしょうか。

当時、我社は企業というより「家業」で、経営者の公私混同が当り前で、すべてが丼勘定でした。自力での企業再建はとても無理で、主要仕入先のメーカーの協力を得て、まず第一に企業としての組織作りと体制作りに全力を傾け、赤字体制にストップをかけました。それほど荒廃した職場環境では社員のモラルも低く、勝手気ままな働きぶりで、社員の意識改革が急務でした。

そこで、私が会社を継いですぐに原価管理部門を作りました。
山田硝子店はガラスの卸売業者ですが、ただガラスを仕入れて売るだけでは付加価値が少ないので、ガラスの各種の加工や取り付け工事なども一緒に受注するようにしました。営業マンは、ガラスの販売だけでなく、工事の受注も取ってきます。そのとき、見積もりには利益が出るような操作をして私に提出するのですが、月次決算を迎えると全く利益が出ないどころか、赤字なのです。これでは企業再建どころではありません。

おかしいと思ってよく調べてみると、営業マンの見積もりに「ごまかし」があることを発見しました。私は、「ごまかし」や「見積の甘さ」に気づかず、営業の社員を信じてハンコをおしていたわけです。当時は、会社は赤字で、父が亡くなって会社の体制もガタガタ。残った営業マンは売上第一主義で、採算を全く無視した「してはいけない取引」をしていたのです。

そのまま営業マンに任せたら赤字になるので、思い切って原価管理部を作りました。損益見込みの作成や、原価の元になるガラスの仕入れ先や外注の職人さんとの交渉などすべて任せ、営業マンには数字にいっさいタッチさせないようにしました。商取引の厳しさ、原価意識の大切さを身に付けてほしかったのです。

管理部を作った当初、営業マンは「そんな厳しい見積もりでは売られへんわ」とか「管理部に固定費がかかるから、逆に会社は赤字になる」とぶつぶつ文句を言っていました。ただ管理部を導入してから、、それまでは安易にお客さんの言いなりに受注してたのを、どうにかしてちょっとでも適正価格で受注できるような努力をするようになりました。

それでも採算が厳しい案件を受注したときは、管理部が奔走しました。板ガラスメーカーに泣きつき、どうしたら卸値を安くしてくれるのか交渉しました。ありがたいことに、主要仕入れ先メーカーが無理なお願いを聞いてくれました。価格的な融通をきかせる代わりに、一年以内に関西一ガラスを売る問屋になってくれと。それで、無茶苦茶売りましたよ。販売量が増えれば、メーカーも製造コストが下がるので価格的な面倒は見てくれるのです。やっぱり「利は元にあり」ですね。仕入れ先との関係を最も大切にしてきました。

もちろん、管理部を導入したことが企業再建のすべてではありませんが、それまでは毎年赤字だった会社の損益が、導入後、初年度で500万円、2年目は800万円、その翌年は1000万円以上と、黒字幅がどんどん増え、5年を待たず累積赤字を償却しました。50年前の金額なので、今の価値に直せばもっと大きな価値があります。結果が目に見えて上がるようになると、文句を言っていた営業マンは何も言わなくなりました。

この話からわかるように、キリスト教的に言えば、人間はすべて「自己中心」という罪人で、本当に弱くて神の愛なしには真実に生きられない存在だと思います。そのため、本人の意思に反して易きに流れてしまう。そういう人間の一面を冷徹に捉えて、仕組みを整える必要があります。ただし、その人の弱い部分も含めて、愛さなければならないと考えています。弱さに対して人間としてのやさしさを持ちつつ、経営者として冷静な目で見ることが大事です。

経営者として冷徹という意味では、悪平等にはならないように、社員の給与に差もつけていました。資本主義社会ですから、客観的に評価して、能力的に「生産性の高い人」「低い人」との格差はあまり大きくならない程度にはつけざるを得ませんでした。

ただし、生活ができる範囲の給与は絶対に保証していました。しかも、働く人たちを経営のよきパートナーと考え、全員参加の「民主的経営」のもとで昇給や賞与、「利益分配金」の支給においては、全員に支給内容の基準を明確に説明しました。経営者の選り好みや、勝手気ままで社員への格差の大きい「あてがいぶち的な支給」は一度もしたことがなく、社員には会社のすべてを明らかにしてきました。

愛を持ち信じ続けたら社員は変わる

──仕組みを作ることで人の弱さをカバーしてきたということですが、それでも本人の気持ちがなかれば、会社でやっていくのは難しいような気もします。山田さんは、不正行為をした社員以外を解雇したことはないと伺いましたが、どのように社員と向き合っていたのでしょうか。

抽象的かもしれませんが、弱い人ほど大事にしていけば、会社全体のボトムアップにつながると考えています。普通の会社は優秀な人間だけを評価して、生産性の低い人間は排除しようとしますが、私は少々変わったやんちゃな社員たちのことを「極道社員」と冗談交じりに呼びながらも、彼らの個性の多様さを認めていました。もちろん、いくら向き合っても変わらない人間もたくさんいるでしょう。しかし、反対に命がけで愛情を注げば、変わる人間もいるのです。

それに、そういう人間が心砕かれて、回心したらすごい力になります。文句を言ったり、やんちゃしたりするにもかなりのエネルギーがいるわけですから、ある意味では、上意下達でどんな不条理なことでも上司の命令を聞く人間よりも伸び代が大きく、勇気があって将来は大きく会社に貢献してくれるのではないかと考えていました。

例えば、我社のある極道社員が、すじものの建築会社の社長とトラブルを起こしたことがありました。愛人に手を出したとかで難癖をつけられ、何度も嫌がらせの電話がかかってきました。最終的には、会社に押しかけて金銭を要求されましたが、その恐喝には断固として応じませんでした。そんな状況になっても、その極道社員を排除することなく、警察の力を借りて解決しました。

そんなタイプの社員なので度胸はあり、どこにでも飛び込んで新規のお客さんを開拓してくるんですよね。あるときは、危険も顧みずに現場に出てくれたこともあります。台風が上陸し、窓に板ガラスをはめる工事が滞り困っていると大阪で一番大きなガラス・サッシの工事会社から「何とかしてくれないか」と無理に頼まれた時、「私が行きます」といって、文字どおり命がけで取付工事を完成させてきたのです。そうすると、後日、困っていた会社の専務が直接お礼に来てくれ、それからずっとウチと取引をするようになりました。その取引先は、何十年経った今でも一番の得意先です。

余談ですが、彼は開業して、中堅会社の社長として立派に経営しています。どんなに不良社員でも、愛情を持って接していれば、いつか会社に貢献してくれるようになるのです。

──極道社員でも面倒を見る。感情的な葛藤や、他の真面目な社員からの反発はなかったのでしょうか?

もちろん、理想と現実のはざまで苦しみ、悩まされることも多くありました。すごく大きな心の葛藤が私を苦しめました。先程の話は極端な例ですが、ずるかったり、隙を見つけたらすぐにさぼったり、どうしようもない社員もいました。私も人間なので、それは腹も立ちます。ただ、いくら感情的に許せなくても、理性で許していくようになるわけでね。それは、大学生時代にトルストイのキリスト教的文学から学んだことです。

私は一般的な価値基準からみると「キリストを信じる愚か者」で、多くの批判を受けてきました。知人からも「ようそんな不良社員の面倒を辛抱してみていますね」と言われましたし、社員からも「そんな人に給料出すぐらいなら私らに分配してくれませんか」と言われました。

優秀な人間ほど腹が立ってしょうがないわけでしょ。自分は一生懸命やってるのに、極道社員はさぼってても給料がもらえるんですから。不満がある社員には、「あれも神様が創られた人間やから、長い目で見たら必ず立ち直る。だから、あの社員の分も君が稼いだらええやん。その人のためにも働いてくれたらええやんか」と言い聞かせました。

ただ、正直に言って、長年苦楽を共にし、私の「キリスト教的人間尊重の経営理念」のもとに真面目に地味に力の限りつくして、額に汗して働いてくれていた社員に対し、本当に申し訳なく思う気持ちもありました。彼らにもっと破格で特別な「報い」をして上げることもせず、結果的に悩み、「悪平等」に近いのではないかと、心の葛藤があったことも事実です。

しかし、私は自称「キリスト教的民主社会主義者」としての理念を60年間貫いてきましたので、“社会的に差別のない平等な社会”を理想とし、その考えから、企業経営においても成果至上主義で社内の賃金格差が大きい会社にしたくはなかったのです。

それでも嫌気が指して、他の会社に転職する社員もいました。そのとき、僕は転職先が「嫌になったらいつでも戻っておいで」と必ず言います。普通の会社は去るもの追わずかもしれませんが、僕は辞めていく人を恋人のごとく追います。すると、やっぱり外の会社はそんなに甘くないんですよね。外から見るほどいいことはなくて、効率中心、生産性中心、人間的な温かさが欠けてる会社がほとんど。結局、何年かするとまた戻ってきてくれるんです。その時のうれしさといったら言葉に言いつくせません。今いる社員の中でも、中堅社員の7、8人は出戻りです。

どうしようもない社員が、超優秀とはいわないまでも、普通の社員になるケースはたくさん見てきましたし、結果として会社全体にいい影響があるわけです。だから、どんなに感情的になっても理性的に許すようにしてきました。

苦しい体験でしたが、資本主義社会の枠内でも、労使が平等な立場で協調しあえば、社員間の賃金格差を大きくせずに、働く人たちへの最大限平等な「物質的幸せの向上」と「生きがいのある職場づくり」を実現可能であると、豊かに教えられました。

理念は自分の人生と同じだからどんな状況でも手放さない

──感情ではなく、理性で許すと。とはいえ、長年にわたって会社を経営するなかでは、業績が振るわない時期あるかと思います。山田さんは50年間の経営の中で、理想を手放さなければならないことはなかったのでしょうか。

苦しいことはたくさんありました。一番堪えたのは、リーマンショックです。どの企業も売り上げを大幅に落としており、私たちも例外ではなく、当然利益は赤字一歩手前まで激減しました。同業者の多くは、三分の一ぐらい人を減らしていました。私たちも人を減らさないとやっていけないところまで追い込まれましたが、長年の社内留保があったので、それを一部切り崩して賞与に充当しました。

そんな状況でも、人にやめてもらおうとは思いませんでした。それまで不正行為や本人から辞めていくのは別として、一人も解雇したことがありません。リーマンショックで売り上げ落ちたからといって解雇したら、自分が今まで何十年もやってきた理念が崩れてしまいます。それは、自分の生き方そのものに関わる気がしたのです。年配の社員は「私らは年金で生きるので、解雇してくれてもいいですよ」なんて言ってきましたが、いけるところまでいくと覚悟を決めていたので、解雇しないと突っぱねました。知人からは頑固者だと笑われましたけれども。

とはいえ、仕事が入ってくるわけではありません。このままでは倒産するかもしれないという危機感と、それでも社員を一人も解雇したくないという信念との間で板挟み状態になり、とうとう鬱病になってしまいました。

幸いなことに、精神科で処方してもらった薬で回復したので、大事には至りませんでした。社員が気を遣いみんなでお金を出し合って、私たち夫婦を温泉旅行に送り出してくれましたが、頭の中は仕事のことでいっぱい。社員を解雇せずにどうやって乗り切るかしか考えられず、料理に箸もつけられませんでした。家内はほったらかしで、後から「あんなつまらん旅行初めてだった」と言われましたね。家内はつまらなかったかもしれませんが、私は命がけでした。

その後、奇跡的に大型案件を3つ立て続けに受注して、なんとか会社を正常に戻すことができました。キリストがじっと私を見守ってくれていたのだと思いました。必死に祈り続け、神にすべてをお委ねして信じて精一杯の努力をやり続ければ、神様は手を差し伸べてくれると。

その後、順調に回復しましたが、もし社員を解雇していたら、景気回復後に人が足りなくなり、会社を正常に戻すことにも苦労しただろうなと思います。

どれほど激しい葛藤があっても、人間尊重主義の考え方を片時も忘れることはなく、自らの経営方針をぶらすこともありませんでした。同業者や大学時代、高校時代の友達からも「そんな無理しなくても」と何度も言われました。それでも、私にとって、自分の理想が資本主義的社会の中でどこまで生かせられるかいうことはひとつの挑戦でありましたし、ここで諦めたら自分が生きてる意味がないじゃないかと本気で思っていました。だから辛い状況も信念をブらすことなく乗り越えることができました。口先だけのキリスト信仰者だけにはなりたくなかったのです。

夢を忘れずに経営を

──理想とは自分の人生そのもの。だからこそ手放さないということですね。最後に、経営から退かれた今の夢や、次世代の経営者に一言お願いします

私の今の夢は、会社を経営するときに大切にしていた「人間尊重主義的な考え方」を大企業との格差が大きく広がりつつある中小企業の経営者の方々に、少しでも広め、わかっていただけたらなと思っています。

それとこれは実現不可能な「夢」でしょうが、私がこれまでやってきた「社会連帯支援金制度」を大企業にも広げられたら、高齢者や障害者、貧困にあえぐ子どもが抱える問題を解決するための施策をもっと行えます。そういった会社が増えれば、資本主義の中でも、弱者の立場にった社会保障の充実は実現できると思います。

また、中小企業に限りませんが、会社のブラック企業化や従業員を理不尽に働かせたりする問題を防ぐために、利害関係のない良識ある外部取締役の積極的な受け入れ体制も作れたらと考えています。同族経営・非同族経営にかかわらず、「外の目」を入れることで企業の公共性や透明性を高め、経営者に寄る企業の私物化」を防ぎ、非人間的な不当労働行為的な経営を行う会社をなくす。それも、私の夢のひとつです。

今の若い世代の経営者は、企業を大きくしようといったロマンはあっても、企業の中の人を大切にしようというロマンチズムを持っている人は少ないのではないかと痛切に感じています。経営者には、現実離れしているとも言われるような理想や、人間的な大きな夢も大切にしながら、会社を経営してほしいなと思います。

執筆者:THINK ABOUT 編集部
THINK ABOUTを運営するネットプロテクションズの社員によって構成される編集部です。
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