さまざまな菌がいるからできる、面白い酒造り。 300年以上続く寺田本家に学ぶ、自然のままを“受け入れる”在り方。

さまざまな菌がいるからできる、面白い酒造り。 300年以上続く寺田本家に学ぶ、自然のままを“受け入れる”在り方。

社会においても、組織においても、多様性の大切さが叫ばれるようになって久しい現代。しかし実際、さまざまな特性を持つ個人同士が、互いを受け入れ認め合うのは難しいと感じる人が多いのではないでしょうか。

私達が本当の意味で多様性を受け入れるためには、どうすればいいのか。答えを見つけるためのヒントを得るべく、都心から車を走らせること1時間半、千葉県神崎町で300年以上続く老舗の蔵元「寺田本家」を訪ねました。

古来から続く製法で自然発酵にこだわった酒造りをしているのは、24代目当主・寺田優さん。「いろんな菌の力を借りるからこそ美味しいお酒ができる」と話す寺田さんに、さまざまな微生物を受け入れ酒を造る中で見出した、自身の理想の在り方を伺いました。

雑菌大歓迎。味の違いを楽しむ、昔のままの酒造り

ー寺田本家さんの酒造りのこだわりを教えてください。

私たちは、自然発酵にこだわった酒造りをしています。通常、日本酒は主に麹菌、乳酸菌、酵母菌の3種類の微生物を活かし、そのほかの菌はなるべく排除して造られます。培養酵母を使ったり、余計な菌のいない無菌室で酒を造るところもあります。その方が発酵をコントロールしやすく、狙った味わいになりやすいからです。

しかし私たちは、それ以外にもさまざまな雑菌を歓迎して酒造りをしています。まず、お酒を造るタンクには蓋をせず、オープンな状態を保っています。発酵期間も通常は1カ月半程度のところを3カ月とっているので、いろいろな菌が入りやすくなりますね。また、外部からの菌は一切購入せず、蔵の中に住んでいる菌を活かして造ります。

もともと蔵に住んでいる菌なので、その時々で何が現れるかは変化します。たとえば、酸味を出す酢酸菌や酪酸菌、ぬか漬けなどを白くかびさせる産膜酵母菌など。酵母菌の中にもいろいろな種類がいて、あんまりアルコールを出さない無糖度の菌もいます。加えてうちは手で触れながら造るので、人間の皮膚の常在菌も一緒になっていると思います。

そんな風にいろいろな微生物がいることで、より濃醇で味わい深い、個性的な酒ができると考えているんです。

寺田優
寺田本家24代当主。1973年大阪府堺市生まれ。学生時代より世界各地を放浪。大学卒業後、動物番組 制作のカメラマンとして活動後、2003年より千葉で330年続く蔵元「寺田本家」 に婿入りし、発酵の素晴らしさに魅せられ酒造りの修行を始める。2012年に24代目の当主となる。寺田本家で使用する原料は、米・水・微生物の3つのみ。無農薬米を使用し、とことん手造りにこだわっている。主力商品は「五人娘」「香取」「むすひ」など。“身体が喜ぶお酒”を追求する精神は、今も大事に受け継がれている。2008年からは、千葉県一小さな町・神崎を、発酵の力で元気にすべく、「こうざき発酵の里協議会」の代表世話人を務めている。

ー雑菌が多いと、味のコントロールが難しいのではないでしょうか。

そうですね。一定の味を再現するのは難しくなります。私たちは一年間の間にタンク50本分の酒を造るのですが、極端に言えばその1本1本で違ってくると思います。

味が変化しますから、時には自分たちで飲んでみておいしくなかった、ということもありますよ。例えば発酵が進みすぎると、酸味が強くなりすぎることがあります。また、酵母菌の一種であるキラー酵母菌が出現すると、あんまりアルコールが出なくて酒造りが止まってしまったりすることもある。これはお酒の世界では「腐造」と言って、よくないことと考えられています。キラー酵母菌が出ると酒造の主が夜逃げしたという逸話があるくらいです。

でも私たちは、それはそれで「あり」だと思っているんですよ。毎年、どんな微生物がいてどれくらい発酵したかを見ているのが面白い。だからあえて味の違いが出やすい方法で酒を造っているんです。酸っぱくなりすぎた時は、数年熟成させて味わいをまろやかにし、頃合いを見てお出しするなど工夫しています。

今は、日本酒にもコンペティションのようなものがあり、受賞した酒が「美味しい酒」として広まり、売れていく時代です。たとえば今、日本酒のトレンドといわれている「端麗辛口の綺麗な酒」を造ろうと思ったら、雑菌とはなるべく関わらない方がいい。コンペティションで評価されるためには、いろんなものを排除して無菌状態にして造った方が良いのです。

でも私たちは、そういう酒造りは狙っていません。コンペティションにも出場していませんし、世間一般で美味しいと言われている酒より、さまざまな微生物の化学反応を引き出して、飲んでみた人がびっくりするような酒を造りたいと思っているんです。

賞によって味の基準ができていますが、本来酒造りはもっと自由でいいと思うんですよね。たとえばワインは、よくヴィンテージという言い方をしますけど、その年その年で味が違います。日本酒もそれでいいのではないかと思っています。飲んだ全員ではなく、10人に1人に伝わればいい。その1人が誰かにお伝えしてくれることで、少しずつ広がっていけばいいなと考えています。

それに、私たちが行っているのは、古くから続く伝統的な製法なんです。顕微鏡も温度計もなく雑菌だらけの時代に、今の日本酒の製造法はしっかり確立されていた。だから本来、微生物を管理せずとも酒造りは成立するものなのです。私たちはそのやり方を踏襲しているにすぎません。

「美味しい、美味しくない」という感覚は、お酒を飲む人の体調や環境、状況にも左右されるもの。それを追求すると、スペック競争になってしまうと思います。だから、こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、私たちにとって味は二の次なんです。そういうところで勝負するのではなく、うちが自然発酵に取り組んでいることや、自然栽培で米から作っていること、いろんな菌を受け入れた酒造りをしていることなどを発信して、それを理解してくださるお客様とコミュニティを作っていけたらいいなと思っています。

排除せず、個性を引き出すことで酒も組織もより良くなる

ー世間一般に美味しいといわれる酒ではなく、微生物の働きを最大限に引き出した酒を造ることに重きを置いているんですね。酒造りにはどのような工夫をされているんですか?

うちでは、菌が働きやすい環境を整えるようにしています。

たとえば、菌が繁殖しやすいように、寒い冬の時期に低温で酒造りをしています。低温で働く乳酸球菌がじわじわ酸を作ったところで、湯たんぽでゆっくり温め、10~12度くらいまで温度を上げていきます。そうするとほかの乳酸菌も動き出すんですよね。15~18度くらいまで上げると酵母菌が入りやすくなり、増殖しやすくなります。

その過程の中で、先ほどお話したようないろいろな菌が入ってきて、それぞれの働きをしていくんですね。私たち人間は、かき混ぜてあげたり、お米をすりつぶしてあげたり、温度が上がりすぎた時は冷ましてあげたり、その働きをサポートします。

そうすると、それぞれの微生物が役割を果たし、自然にバトンタッチしていくんです。それぞれの良さが出せるんですね。いろいろな微生物が自分の力を発揮して発酵しているからこそ、おいしい酒ができると考えています。

不思議とそれは、造り手側の人間も一緒なんですよね。私たちの蔵では、毎年蔵人が入れ替わります。冬に新しい人たちが集まって、そこから2カ月で少しずつ関係性を築いていくんです。蔵人にも、筋肉ムキムキの若い男性もいれば、女性もいるし、他部署で働いていた60くらいの男性もいる。みんな違うけれど、支え合えるようになってくるとだんだん呼吸がそろい、それぞれの強みを生かして働けるようになるんですよ。

力仕事が苦手でも、工程をぬかりなく終えられたり、良い雰囲気を作ってくれたり、個性っていろいろあるじゃないですか。何かができない人を排除するのではなく、それぞれの個性を出して働けるようになると、酒造りそのものの楽しさを感じながら創意工夫できるようになるんですよね。そこは微生物の世界と似ているのかなと思います。

コントロールできない変化を受け入れる

ー微生物の世界も人間の世界も一緒ですか。人間の社会でも「多様性が大事」だとよく言われていますが、なかなか個性を受け入れていくって難しいですよね。

人間の社会は、寛容じゃないですよね。変なものが受け入れられにくいじゃないですか。少し違う意見を言うだけですぐ叩かれるし、炎上するし。だから何かやるにしても、去年と同じでいいやとなりがちなんだと思います。

酒造りは微生物同士の化学変化なので、いろんな種類の菌が出会って発酵することによって新しいものが生まれるんですよ。一見、酒造りに害を与えそうな雑菌でも、受け入れることでまったく新しい味が生まれる。はじめから雑菌を排除していたら、そういうお酒は生まれないわけです。だから、変わっていくことを恐れちゃいけないんだと思いますね。変わっていくからこそ、おいしいものができることもありますから。

ーほかにも、私たちが微生物から学ぶべきことはありますか。

微生物は、一匹ではなく集団行動なんですよ。自分一匹が生き残るというより、みんなで繁栄していこうとする。「俺が俺が」と前に出るより、「みんなのおかげ」と思ってやっていく。この意識は学ぶべきなのではないかなと思います。

自分含め、人間はどうしても損したくないという思いが勝ってしまって、今日損するか、得するか、というような短絡的な視点にとらわれがち。そうではなく、「騙されたって良い、損したって良い」というくらいの心持ちで、もっと広範囲を長い目で見ていくべきです。

酒造りも、自分一人でなんとかしようと思っても、できないことがたくさんあります。そんな時、目に見えない微生物に助けられることもある。自分だけのことではなく、微生物のような存在にまで思いを馳せられるようになれば、「みんなで生きている」と思えるのだと考えています。

私は寺田本家に婿養子として入って、この蔵を継ぎました。自然を相手にやっていると、コントロールできないことがすごく多いと感じます。せっかく刈り取った稲を干していても、台風が来たら全部倒れるし、酒造りをしていても描いた設計図通りにはいかない。でもだからといって、全部機械で制御してやったら、まったく面白くないと思うんです。自分がコントロールできないものの変化を受け入れ、楽しめるようになることが大切なんだと感じています。

執筆者:THINK ABOUT 編集部
THINK ABOUTを運営するネットプロテクションズの社員によって構成される編集部です。
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