貨幣が人間を育ててきた。歴史論者 三石晃生と考えるお金の歴史_THINK ABOUT CONFERENCE『貨幣の束縛』特別企画№2

貨幣が人間を育ててきた。歴史論者 三石晃生と考えるお金の歴史_THINK ABOUT CONFERENCE『貨幣の束縛』特別企画№2

貨幣を私たちは知っているだろうか?

お金とは一体なんだろうか?そうした本質を知るために、私たちは歴史に一度立ち返る必要があるように思われる。

そこで「組織を破壊するPDCA」など、衝撃的な寄稿をよせていただいた歴史論者の三石晃生さんにTHINK ABOUTが主催する初のカンファレンス『貨幣の束縛』に先立って話を伺った。

貨幣の誕生

──お金のはじまりはいつでしょうか?

さあ、それはわからないです(笑)ただ、確認できる限りでいうと紀元前7世紀頃、古代オリエントの四国分立時代のリュディア王国(現トルコ西部)あたりでしょうか。

小アジアの内陸部の大半を支配したリュディアは、メソポタミア、シリア、エーゲ海を結ぶ交易の要衝でした。

古代ギリシアのヘロドトスが言うところには、「金銀を貨幣に鋳造し、小売に使用したと歴史に記録されている最初の人々である」と、書き残しています。

──リュディアから貨幣が誕生したのですね

いや、そう考えるべきではありません。ある日突然、お金を作ろうということでコインを鋳造する、ということはありえません。

それ以前に、コインではないものを「通貨」としていて、それが取引の習慣の中に定着していって、どこかにやはり不便があり、その不便がないものということでこのコインが生み出されたのです。

コインの始まりは地の利の偶然も大きかったと思います。リュディアの首都サルディスの近郊にあるパクトロス川。ボードレールの『悪の華』にもでてくる川ですが、ここでは砂金と銀が2:1比率で混ざり合うというエレクトラムという自然合金が採れました。比率が一定ですから、重さを一定にすれば金銀の純度も一定になります。簡単にいうと、いちいち純度が幾つとか考えずに、コインの枚数を数えれば支払いと受け取りができる。これは非常に便利です。これはコインだけの話だけには限らず、貨幣は物の価値の設定も促します。つまり「これはコイン何枚だよ」と売る方も設定しやすくなる。そうやって価値が決まって行く側面があります。貨幣は、交換対象の価値もまた決定する作用がある、というのはお金の効用のひとつでしょう。

東京生まれ。歴史学者・歴史論者/株式会社goscobe代表取締役。
大学2年時に渋沢栄一子爵・井上通泰宮中顧問官らが設立した温故學會・塙保己一史料館の研究員に就任、現在は研究員と監事を兼任。2017年には世界初の歴史分析を用いた企業・社会イノベーションコンサルタント、株式会社goscobe(グスコーブ)を設立。歴史的知見に基づいて、さまざまな大型プロジェクトや企業のコンセプトデザイン、アイディア創発などに協力。
教育分野では日本財団と東京大学先端科学技術研究センターの異才発掘プロジェクト「ROCKET」SIGで史学担当の外部講師として、異才の子どもたちへの白熱講義で活躍している。

現代貨幣にのこるローマの記憶

──私たちはお金といえば、その字面通り「金」をイメージしますが、ヨーロッパの人々にとってMoneyと言った場合、なにを連想するものなのでしょうか?

うーん、何を連想するんでしょう(笑)。ただ、Moneyの語源に立ち返ってみるのはありだと思います。

古代ローマ時代、紀元前4世紀頃に「マネタ」という女神ユーノー、ギリシア神話でいうヘーラーの神殿でコインが鋳造されました。ちなみに当時のお金はソリドゥス金貨、デナリウス銀貨です。このコイン鋳造がされたユーノー神殿マネタが、英語のMoneyの語源になります。あと造幣所のことを英語でMintといいますが、その語源もこのマネタです。ちなみにローマでは女神の所有物をリブラ(LIBRA)といいました。貴金属などを量る重さの単位でもありましたが、これがイギリスのポンドの由来になっています。試しにポンドと変換してみてください、「lb」とか「£」ってでてくると思うのですが。1リブラは1ポンド、ポンドの由来はローマにあります。やはり、Moneyとかポンド(リブラ)と使う観念の奥には、自分たちの理想的淵源としてのローマが念頭にあると思います。

日本の貨幣は政治的貨幣である

──なるほど、そうなると「貨幣」という言葉も語源からみつめてみると違った視点が得られそうですね

そうなのです。今回、ネットプロテクションズでは『貨幣の束縛』というカンファレンスをやり、私もその登壇者の一人なのですが、歴史から紐解いてほしいと言われています。これが非常に困りました。なぜなら、「貨幣」は形容詞と同じだからです。ウィトゲンシュタインではないですけれど、それぞれの貨幣の連想や観念があり、一つの絶対的事実ではないので、こうだと論じることが大変に難しいのです。

ただ、私たちは私たちの思っている「お金」「貨幣」という観念が誰にでも、そして世界で共有されている普遍的概念ではないと知ることは大事でしょう。さきほどお話したリュディアのエレクトラム貨やローマのデナリウス銀貨は、そのもの自体に貴金属としての価値があります。もっとも、ローマは時代が下っていくにつれて銀の含有量がとてつもなく低くなっていくのですが。

説明をしやすいのでコインという言い方をしますが、コインには2つあります、1つが金銀という貴金属の価値を保証するという形で為政者が刻印をした「刻印貨幣」。そしてもう1つが貴金属ではない、青銅や銅といったさほど価値のない素材を皇帝という超越的為政者の権威で価値づける「鋳造貨幣」です。貨幣が貨幣の地金自体への信用ではなく、為政者の信用で強制的に流通させていく。この2つの成り立ちの違いは私たちの「貨幣」の観念に大きく影響しています。中国、朝鮮半島、日本といった極東アジアでは鋳造貨幣的、その他のほとんどの地域では刻印貨幣の観念をもっており、我々とは貨幣に対する前提が大きく異なる場合があります。また成立過程からいっても前者は交易の必要の中から生まれた貨幣、後者は政治としての統一を象徴するための政治的な意味での貨幣、です。

紀元前221年に中国全土を統一した秦の始皇帝は、度量衡の統一を行います。その事業のひとつとして半両銭の鋳造があります。円い銅銭の真ん中に四角く穴をあけた。あ、銭形平次が投げる銅銭ありますよね。あの形です。そこに左に半、右に両と書かれています。銭形平次と言いましたが、日本の銅銭もずっとそのモデルを踏襲していますし、形を変えながらも真ん中に穴があいている世界でも珍しい5円玉という形で現代日本にも残っています。

──その丸に四角の穴をあけた形には何か意味があるんでしょうか?

蓋天説という中国的世界観ではないかと思われます。天は広げた蓋(かさ)のようで、地は碁盤のごとき四角であるとする。別の言い方をすると「天円地方」の考え方です。方は四角形、という意味です。正方形とかって使いますよね。世界はこういう形をしていると古代の人は考えていました。皇帝は天子ともよばれ、天の子です。天命を享けて四方の地を統べる者ですから、皇帝権力というものを強く意識させる形といえるでしょう。ちなみに日本の前方後円墳という形態も、この天「円」地「方」の考え方に基づくものだとする説もあります。

──さきほど、コインの誕生が商習慣を含む貨幣の誕生ではないとおっしゃっていましたが、それ以前にはなにを使っていたのでしょうか?

もともとは貝です。紀元前1600年から紀元前1100年前まで存在していたとされる殷(商)王朝では、貝貨を使用していました。タカラガイ、日本では子安貝とよばれる貝を通貨にしていました。財、貨、貯、買、貿、貢、貧、貴、資、と商取引や経済にかかわる多くの漢字に貝がつくのはそのためです

──貴金属は用いなかったのですね

中国文化において重要視されたのは翡翠や軟玉でつくられた璧ですね。これは祭祀ともつながる呪術性の高いものです。中国の春秋・戦国時代、始皇帝の曽祖父である秦の昭襄王が趙国に対して、趙が持っていた「和氏の璧」と秦の15の城とを交換しようと申し出ます。これは昭襄王の偽りではありましたが、璧や玉の価値を知る上で参考になるでしょう。

話は鋳造貨幣に少し戻るのですが、実は鋳造貨幣にはある欠点があります。これは室町時代頃の日本でも全く同様なことがあるのですが、元が青銅や銅などの安物を地金にしているため、自分たちで贋金を鋳造できてしまうということです。時代の中では地方豪族がこれを盛んに発行していた時もありますし、正貨だけでは流通がおいつかず、贋金でもよいということになってくる並存状態があらわれてきます。日本でも室町戦国期に「撰銭令」というのを出すのですが、ある種の贋金の容認です。織田信長なども贋金の極端な排除は円滑な経済流通を阻害すると考えていました。

1000年前はキャッシュレスだった

──現金という点では理解できましたが、「貨幣」という側面でみたときに為替や小切手といったものも含まれると思うのですが、そうした為替・小切手などの歴史などはどうでしょうか?

今度はイスラーム世界の話になってきます。ムハンマド時代、そして正統カリフ時代とどんどんと勢力は拡大して行き、7世紀8世紀頃のウマイヤ朝になると地中海の南側全てと今のスペインのあるイベリア半島まで掌中に収めます。その後のアッバース朝では経済規模が著しく広がり、交易が盛んになります。そうなるとより簡単な決済方法が求められるようになります。遠隔地にいちいち大金持って行くのはかさ張って不便な上に危険なわけです。そこで遠地では、スフタジャという為替手形が用いられるようになります。そしてルクアやチェック(サック)という小切手も盛んに使われはじめ、手形決済の時代が到来します。ちなみにこのcekk(チェック)が英語のcheck、小切手の語源になっています。

この当時イスラーム世界で小切手が常態化したことと、現代の電子決済の登場とでは状況が異なります。経済規模が広がったことで新たな決済システムができた、と単純に現代と繋げて考えるのは早計です。

この当時、金のみならず銀の産出量が大幅に減少してしまったのです。アッバース朝は税を全て貨幣で収めるシステムを確立し、官僚や軍人へ給料を払って雇うという近代国家的システムをこの当時確立していました(今では当然すぎるので違和感や驚きがないかもしれませんが)。そうした状況の中で、金貨や銀貨が大幅に不足することは社会システム自体を揺るがしかねない大問題です。

金融業者はこの事態の中で手形を大量に流通させ、市場での取引を全て小切手で行います。いわば現金要らずの状態です。この取り扱いは各地の金融業者、銀行、両替商らがこの手形決済を行います。こうして為替や小切手などの決済が広まっていくと、借方・貸方の損益計算が必要不可欠になり、複式簿記が発明されます。今の会計の考え方ですね。

新時代の決済なくしてルネッサンスなし

ヨーロッパ側からみてみれば、かつてはローマの内海であった地中海は、今やイスラーム世界が支配する時代が続いていました。地中海世界はイスラーム商人のものなのです。やがて11世紀末、12世紀頃からのキリスト教の十字軍運動を契機として、今度はイタリア諸都市の商業活動が活発になっていきます。

ピサやジェノヴァ、ヴェネツィアといった有力都市の商人は、十字軍に対して積極的に財政的、軍事的投資を行ない、その見返りとして東地中海利権を獲得していきます。イタリア商人は十字軍派遣を行う王や諸侯を顧客とし、彼らの財力や信用に基づいて金の貸し付けを行います。

ここでもアッバース朝と同じようなことが起きます。十字軍運動によって経済活動の範囲が地中海、ヨーロッパと広い範囲に及ぶようになると、新しい決済技術が必要になってきたのです。そこで導入されたのが、イスラーム商人を通じて知った為替、小切手といった新時代の金融技術である手形決済です。

フィレンツェを代表する大金融業者メディチ家は、ルネッサンス藝術家たちのパトロンであり、メディチ家の巨万の財力が藝術を生み出す源泉となったのはご存知だと思います。メディチ家はヨーロッパ各地の主要都市に支店を開設して、為替手形の発行と決済という新時代の金融技術を駆使して巨万の富を築き上げていったのです。

貨幣は束縛〈していない〉

──最後に、カンファレンスではどのような立ち位置でお話をしたいか教えてください

今回のタイトルですが「貨幣の束縛」とあります。このタイトルには「貨幣が人やなにかを束縛しつづけてきた」という含意があると私は感じていますが、歴史的にみてみると貨幣が人間を育ててきたのではないか、と考えています。呼んでいただいてナンなんですが、「貨幣は束縛〈していない〉」と。個人的にいえば、欲しいものが高価で買えない、、、ということはありますよ(笑)。でもそれは、決して貨幣が私を束縛しているわけではありません。しかし、貨幣が束縛している、と思っているからこそこのタイトルがついているわけで、このカンファレンスを通じて、人間と貨幣について経済の専門家ではないからこそできる、実感をもった対話と気づきの場が作れればと思っています。

THINK ABOUT CONFERENCE 『貨幣の束縛』

「貨幣」を起点に信用、価値、そして未来の社会構造を考えるカンファレンス。
三石さんをはじめとした有識者の方を招いたパネルディスカッション(インプット)とワークショップ(アウトプット)を通して、参加者と共に未来を考える場にしたいと考えています。

カンファレンスの詳細はこちら

ほかカンファレンス特別企画記事は以下より

ネットプロテクションズ柴田紳が考えるお金と信用の「つぎのアタリマエ」THINK ABOUT CONFERENCE『貨幣の束縛』特別企画№0

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お金がなくなる日がやってくる——信用×Techがつくる新しい社会とは(インタビュイー:山口揚平 ※Business Insider Japanより転載)

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執筆者:THINK ABOUT 編集部
THINK ABOUTを運営するネットプロテクションズの社員によって構成される編集部です。
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