遺体の堆肥化を巡る、お坊さんとの対話

遺体の堆肥化を巡る、お坊さんとの対話

米国で人間の死体の堆肥化を認める法律が成立した。欧米では近年、遺体の処理を巡る議論が活発に行われているが、日本でこうした新たなやり方は受け入れられるのだろうか。浄土宗光琳寺副住職である井上広法師に、日本人の死生観やその変遷について伺った。

Words Chihiro Oka Photos Tohru Yuasa

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2019年5月、米ワシントン州で人間の死体の堆肥化を認める法律が成立した。一読しただけでは疑問符が浮かぶかもしれないが、読んで字のごとく、今後は遺体を生分解して堆肥にすることが法的に可能になる。つまり、火葬や土葬に加えて、死後の選択肢がひとつ増えるわけだ。

月遅れのエイプリルフールの冗談のように聞こえるかもしれないが真面目な話で、実際に堆肥化のサービスを提供する「Recompose(リコンポーズ)」という会社も存在する。同社によると、遺体を木材チップなどと一緒に専用の容器に入れて一定の温度に保ちながら保管すると、1カ月から1カ月半程度で骨まで完全に分解されるという。

米国での法制化は今回が初めてだが、スウェーデンでは数年前から遺体の堆肥化が実際に行われている。また、英国でも遺体に化学的保存処理(エンバーミング)を施さず、棺にも納めないでそのまま埋めることは認められており、こうすれば人の体は数カ月で文字通り“土に還る”ことになる。

欧米でのこういった動きの背景にあるのは、環境意識の高まりだ。日本では遺体の処理は火葬が一般的だが、死者の復活を信じるキリスト教文化圏では土葬も広く行われている。ただ、都市部での墓地用地の不足やエンバーミングに使われる化学薬品による土壌汚染などが問題になっているほか、火葬は都市ガスなど燃料を必要とするだけでなく二酸化炭素(CO2)も排出されるとあって、よりエコロジーな方法として堆肥化というアイデアが登場したのだ。

米シアトルの建築事務所「Olson Kunding(オルソン・クンディグ)」がRecomposeのために設計した堆肥化施設のイメージ画像(冒頭も同様)。2021年春の運営開始を予定する。遺体は湿度や温度を一定に保った特殊な部屋に保管すると数十日で完全に堆肥になるという。

墓をもつのはラグジュアリー

翻って、日本でも従来とは違う“死後の在り方”を希望する人たちが出てきている。メディアなどで“終活”という言葉を頻繁に目にするようになって久しいが、望ましい死に方だけでなく、そのさらに先にある死後のことまで決められる時代に突入しつつあるようだ。一方で、自由に決められるというよりは、むしろ決めておかなければ安心して死ぬこともできなくなってしまったという見方もできるのかもしれない。

栃木県宇都宮市にある光琳寺の副住職を務める井上広法師。

とにかく、かつてのように死ねばお坊さんを呼んで、お経をあげてもらって先祖代々の墓に入るという、いわば日本的な“死後標準”が揺らぎつつあることは確かだ。ただ、そのデフォルトを支えてきた仏教界の住人である浄土宗の井上広法師(以下、敬称略)はこうした状況について、「別に問題ないのではないかと思います」とさらりと言ってのける。

宇都宮にある浄土宗光琳寺副住職である井上は、墓とはそもそも“死後の居場所”なのだと説明する。「“寿陵墓”という言葉がありますが、生前に死んでから行ける場所を用意しておくことで安心を得られるわけです」。ただ、少子化が進み子どもをもたない人も増えるなかではそうもいかない。井上は「お墓をもつことは、将来的にはひとつのラクジュアリーになっていくでしょうね」と明言する。

近い将来、墓に入ることが当たり前でなくなる時代がやってくるのかもしれない。

どうも話が重くなってきたが、井上は「死後の居場所をもたないという生き方、まあ“生き方”というよりは“逝き方”と言ったほうが正確なのかもしれませんが」と笑いを交えて一呼吸置いてから、墓をもたないことが必ずしもネガティブな選択だとは思わないと続ける。「お釈迦様は葬儀なんて不要だし墓もつくるな、そんなことよりも各人が修行に励みなさいとおっしゃったんですよ。それでも、遺された者たちがお釈迦様を偲ぶためにお墓をほしがったんです」。

しかし、たとえば血縁関係者ではなく仲のいい友人数人が集まってひとつの墓に入る、もしくは墓そのものを放棄するというような決断をしたときに、お寺はそれに対応してくれるのだろうか。井上は「それは個々の寺によるのかもしれないが」と前置きしたうえで、「ただ一般論として、僕ら世代のお坊さんというのは、このへんのことはしっかりと考えていますよ」と頷く。だから、心配しなくてもちょっと周囲を見回せば、どんなことでも必ず親身になって相談に乗ってくれる寺が見つかるはずだというのだ。

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