デンマークのKAOSPILOTから学べること

デンマークのKAOSPILOTから学べること

デンマークに将来のイノベーターを目指す学生が、世界中から集まってくるビジネススクールがある。この学校を日本人で初めて卒業したのが株式会社Laere(レア)の共同代表、大本綾氏。彼女が、これからの社会をつくる人材育成のための教育についてレポートする。

Words Aya Omoto Photos Markus Oxelman

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ITの発展やグローバル化により不確実で複雑な状況が加速するなか、多様なステークホルダーたちと創造的な協働関係を築き、未来をつくるために創造性を引き出す習慣や思考のあり方が求められている。そんな次世代をつくるリーダーに必要なスキルやマインドを学ぶための学校がデンマークの第二の都市、オーフスにある。それがハイブリッド・ビジネス・デザインスクールのKAOSPILOT(カオスパイロット)だ。

KAOSPILOTは1991年に設立後、リーダーシップと起業家養成教育のパイオニアとして国際的に認知され、2008年にはアメリカの『Bloomberg Businessweek』誌で世界のベスト・デザインスクールのひとつに選出されている。理論と実践の両方に重点を置く教育方針により、北欧、韓国、チリ、南アフリカ、カナダまで、 国内外で100を超える組織と協働を続けているのも特徴である。

わたしは2012年から15年までKAOSPILOTに留学し、卒業後、教育デザインファームの株式会社Laereを共同代表の坂本由紀恵と立ち上げた。「小さくても確かな幸せを自分と他者のためにつくる」ことを目的に、VUCAな時代でも信念をもって行動できる次世代リーダー育成プログラムの開発と実施を行いながら、KAOSPILOTとは日本のローカルパートナーとして、教育プログラムの共同開発やその日本展開などの協働をしている。

量より質を重視した教育

100人いれば、100通りのクリエイティビティのあり方がある。大切なのは、一人ひとりの個性が受け入れられるような安心・安全な環境をつくること。これが、わたしがKAOPILOTへの留学を通じて学んだことだが、個人の観点を重視する姿勢はその入試にも表れている。試験には「クリエイティブアサインメント」と呼ばれるものがあり、受験者に個人の観点を問うだけでなく、実際にそれをかたちにして表現することが求められるのだ。

KAOSPILOTでは頭と手と心(Head・Hand・Heart)を使って、個人とチームの両方が学ぶことを大切にしている。壁には、この日授業で行われた“チームメンバーとco-drawing(共に描く)”ワークで完成した絵が並んでいる。

ちなみに、2019年の受験生に課されたクリエイティブアサイメントは、民主主義をテーマに市民と地域コミュニティの連携を高めるプロジェクトを、新規性があり、かつ自分が楽しいと思う方法でつくることだった。条件は、受験者自身が考えたプロジェクトを日常生活のなかで実験すること、そしてそのプロジェクトづくりのために費やす時間は最長8時間とすること(期待値を上げすぎないようにするため)のふたつ。

このようにKAOSPILOTでは、学生は入学前も入学後も実際のプロジェクトを通して学び、従来のビジネススクールのようなケーススタディによるトレーニングを行わない。その理由について、校長のクリスター・ヴィンダルリッツシリウス氏はこう説明する。

「KAOSPILOTでは、世の中が混沌・不確実であるという考えのもとに学びを提供しており、経験から得られる学びを重視しています。もちろん、そういったアプローチは一長一短でリスクもあります。なぜなら、学生が実体験から学ぼうとするとき、何をもって“よい成果”とするのか、学校側が事前に伝えることが不可能だからです。

学生はクライアントに対して、あるいは自分のスタートアップ事業について、プロジェクトブリーフを考えるところから始めますが、わたしたちは学校として、学生が手法を理解しているかだけではなく、そのプロジェクトがどのような価値を提供したかという点も評価します。しかし、それは非常に概念的で、クライアントと生徒と学校側の主観によるところが大きいともいえます。

また、刻一刻と変わるさまざまなニーズに応える必要があるため、1年前に高評価だったものが、明日も同様の評価を得られるとは限りません。そのため、学校側には毎回異なるオペレーションが求められ、学生自身や彼らがかかわったプロジェクト、クライアントのために何に気をつけるべきか、何を改善すべきか、わたしたちは常に考えなければいけません」

クリスター・ヴィンダルリッツシリウスは、2009年よりKAOSPILOT校長として、またCEOとして学校運営に情熱を注ぎながら、多くの若い起業家を輩出している。また自身の起業経験や同校での長年にわたる理論と実践を基に、世界各国の教育機関や企業の要請を受け、数多くのイノベーション、リーダーシップに関する講演やワークショップを展開。特に起業家育成、リーダーシップ開発や組織開発分野において高い評価を得ている。

共感性と倫理観をもってリーダーを育成する

KAOSPILOTのパーパス、つまりその存在意義についてホームページには「個人の成長と事業を通じたポジティブな社会変革」と明記されている。常に最善の教育環境とは何か探求し実践しているKAOSPILOTだが、設立以来、時代の変化とともにその教育理念に変化はあったのだろうか? 

「我々が目指しているものに大きな変化はありません。ただ、その前提となるのは世界にとって“善い行い”をすることです。それが以前と比べてより明確になりました。設立当初は言語化していませんでしたが、わたしたちは学校側の責任として、共感性と倫理観をもってリーダーを育成しています。そのうえで望むのは、学生たちが自分の人生のなかでよい決断を下すことです」

世界にとって善いこと、よい決断を下すことというのは、学生たちによるプロジェクトに対する評価同様、概念的・主観的になると感じたが、倫理観をもってリーダーを育成するとはどういうことなのだろうか?

「学生に対して、このモラルを信じるべき、それは正しい、間違っているといったことは一切言いません。常に、二極化された立ち位置をとることを避けるようにしています。わたしたちの仕事は、学生が決めたことに対して最後まで真剣に向き合いながら、好奇心旺盛で、共感性の高い人をより多く育成することです。学校は、学生のことを支援することはあっても、彼らの代わりに何かを決めることはありません。これは組織づくりにも当てはまりますが、組織というのは経営者だけでなく、組織全体が社会や地球全体に対して責任をもつことが求められます。それゆえ、ここで得た知識を学生たちがその後の人生にどう生かすのかは、彼らの意志を尊重します」

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