その美しさの基準、誰が決めたの?

その美しさの基準、誰が決めたの?

世界が熱狂する18歳の歌姫ビリー・アイリッシュが公開した映像が話題を呼んでいる。長らく体の線を隠してきた彼女が発した強烈なメッセージとは? 世界で高まる体型にも多様性を求める動きとともに、NY在住ライター、佐久間裕美子が解説する。

Words Yumiko Sakuma Photos Jeff Kravitz ,FilmMagic for iHeartMedia

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would you like me to be smaller?
私に小さくなってほしい?

weaker?
それとも弱くなってほしい?

softer?
柔らかく?

taller?
背が高く?

would you like me to be quiet?
私に黙ってほしい?

do my shoulders provoke you?
私、肩で挑発してる?

does my chest?
それとも胸で?

am I my stomach?
あとお腹?

my hips?
お尻?

the body I was born with
私が生まれてきた身体は

is it not what you wanted?
あなたが望むものではないの?
 
 
 
これはビリー・アイリッシュが5月に発表した、ワールド・ツアー用のショートフィルム『NOT MY RESPONSIBILITY(私の責任ではない)』の一節である。長らくオーバーサイズの服を着てきたアイリッシュは、昨年、ツアーの最中に「もし私が快適な服を着ていたら 私は女ではないのか 露出したら 尻軽なのか あなたは私の身体を見たことがないのに いまだに批判する そして決めつける どうして? 私たちは人のことをあれこれ推測する ボディサイズで勝手に決めつける どんな価値がある人か決めつける 私がたくさん着たら 私が露出したら 誰が私のことを決めるの? それってどういうこと?」(日本語訳はUNIVERSAL MUSIC JAPANホームページ参照)という詩をのせて、初めてタンクトップ姿を披露した動画を公開した。

 
アイリッシュのこの表現は、世の中に蔓延する「ボディ・シェイミング」、つまり身体的な外見をあげつらって恥辱したり、ジャッジしたりする風潮に対するリアクションである。最近、日本でもようやく耳にすることが増えたフレーズだが、アメリカにおける言葉のスタンダードの権威である『Merriam-Webster's Collegiate Dictionary(メリアム=ウェブスター大学辞典)』にこの言葉が登場したのは1997年。けれど、その概念自体には「美」という概念の歴史と同じだけ長い歴史がある。ヨーロッパのコルセットや中国の纏足といった装飾が、それぞれの文化や時代の「美」の概念に合わせるための小道具だったとされることを考えると、理想の美のかたちにそぐわない女性たちがボディ・シェイミングに遭ったであろうことは想像に難くない。

西洋のファッションにおいて、身体は加工・造形されるものと長らく考えられてきた。コルセットの歴史は古く、中世以降ウエストを細く縛り上げる鯨髭製またはボーンの入った女性下着へと進化。20世紀初頭までその流れは続いた。パリ装飾芸術美術館(Musée des Arts Décoratifs)所蔵のコルセットに関する資料。Photo by Fine Art Images/Heritage Images/Getty Images

 
もちろんボディ・シェイミングは、女性だけに与えられるものではない。ボディ・シェイミングに対抗する「ボディ・ポジティブ」のムーブメントの萌芽が生まれたのはそれよりも古く1967年。ニューヨークのラジオパーソナリティだったスティーブ・ポストが、「肥満に対する差別に対抗するために」セントラルパークで「ファット・イン」(座り込みを意味するsit-inをもじって)というイベントを行ったことで、「ファット・アクセプタンス(肥満の受容)」ムーブメントが起きたことがきっかけだった。

 
90年代に入ってポリティカル・コレクトネス運動が起きたことで、デブ、ハゲといった蔑視語の使用の廃止を求める流れが登場したりもしたが、一方でタブロイド・メディアは常にセレブの体重をネタにしてきたし、ソーシャル・メディア時代に入ってからは、特に女性の表現者のルックスやサイズをジャッジする風潮に拍車がかかった。

 
異性に対するボディ・シェイミングは、世の中が定義する「理想の肉体」や個々の好みの押しつけとして理解できるとしても、同性に対するボディ・シェイミングをどう理解したらいいのだろう? それについて考えているときに、マサチューセッツにある摂食障害とメンタルヘルスを専門にするクリニック「walden behavioral care(ウォルデン・ビヘイビアル・ケア)」の臨床学者、エリカ・バラガスの文章を読んで納得がいった。

 
ボディ・シェイミングは、他者の肉体に対するジャッジメントだけではなく、自分の肉体に対する批判や、他者の肉体との比較にも現れるというのである。とすると、自分の肉体に対する恥の気持ちや罪悪感が、「理想の美」にあてはまらない表現者たちを目にすることを理不尽に感じさせたり、自分が晒されるボディ・シェイミングを再生産することにつながることも理解できる。

 
また、ボディ・シェイミングは、ソーシャル・メディアで悪意のあるコメントをつけることだけではない。「女性らしい」「男性らしい」肉体について論じることや、人の体重や食べ方にコメントすること、また他者の周りで自己の肉体を批評したりすることも立派なボディ・シェイミングになる。

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