コロナ禍で価値循環を生み出した「三重の恵み」

コロナ禍で価値循環を生み出した「三重の恵み」

東京・西麻布にある高級割烹「伊勢 すえよし」は、トリップアドバイザー発表の「トラベラーズチョイスアワード」高級レストランラン部門で日本1位、世界9位に輝く世界的名店だ。その若き店主・田中佑樹氏が昨年の緊急事態宣言の最中に自身の地元・三重県の食糧問題解決のために立ち上がった。何が彼をそうさせたのか。そして、彼が解決した問題とは?

Words Kosei Mitsuishi ,Miyako Ebata Photos Taku Kasuya

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地方は都市の植民地か

新型コロナウイルスは、世界各地でさまざまな産業形態を破壊し始めている。グーグル・マップなどを開くと、飲食店の閉業が相次いでいることがわかる。

田中佑樹氏も自身の店「伊勢 すえよし」を2020年の緊急事態宣言によって一時休業せざるを得なくなり、突然空白の時間を手渡されてしまった。時間は良い考えも悪い考えも人にもたらす。自らの店のことも不安だったが、その一方で彼の店で使っている食材の生産者の現況のことが気になったという。そこで生産者に直接連絡をとり、何か問題は起こっていないかとコロナ禍で聞いてまわった。それができたのは、田中氏の店が三重県の地元生産者を訪ね歩いた地物食材のみを厳選しているという相互の信頼関係があったからだ。

地元生産者への聞き込みから、家庭で食べられる食材ではなく、家庭ではあまり食べる機会のない高級食材が特に行き場を失っていることが明らかになった。例えば、田中氏に魚を提供している漁師のもとでは「伊勢まだい」が2万匹も行き場を失っていた。高級魚であるがゆえ、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の自粛で負った経済的損害が甚大だったのだ。

地元生産者・友栄水産の橋本純氏を訪ねる田中氏。橋本氏は養殖研究をし尽くし、こだわりの餌を与えることで極上の身質と臭みを抑えた「伊勢まだい」ブランドの仕掛け人。

なぜそのようなことが起こったのか。その原因として、地方の生産物は人口の多い大都市部に過度に依存しており、高級食材のほとんどが都市部で局地的に消費されていたことが挙げられる。しかし、この問題は決してコロナ禍によって起こった新しい現象ではない。多くの人たちが目を背け続けていた、日本の食糧問題が浮き彫りになっただけともいえる。

都市部による地方からの食糧搾取ともいえる過度な地方への食糧依存は、ある種、植民地関係にも似ている。このような状況下で生産者からの聞き取りを終えた田中氏は、生産者と消費者の仲介役である「料理人」の自分が立ち上がることを決意する。それが「三重の恵み」プロジェクトの始まりとなった。

CSA、CSFの新形態の誕生

食の大量廃棄問題と、都市による一極集中消費とは決して無関係ではない。田中氏はその問題を、食材生産者と消費者との距離が遠過ぎるために実感が希薄化して「食はいつでも金で買えるもの」という一面的な認識しか多くの人がもてなくなっていることが原因ではないか、と指摘する。

利益ばかりを重視し、食を取り巻く環境の破綻が刻々と近づいている現状を目の当たりにすると、将来この地球に食材が残っているか不安を抱いてしまう。こうした課題に対する解決策として、1980年代にアメリカで誕生したのが、日本語で「地域支援型農業」「地域支援型漁業」と訳されるCSA(Community Supported Agriculture)やCSF(Community Supported Fishary)といった取り組みである。これは、消費者が生産者に対して代金を前払いして、定期的に作物や魚を受け取る契約をする農業・漁業システムのことを指す。

生産物は常に天候・気候に左右されるため、悪天候の年などは生産者が被害を受け、都市部では値段が跳ね上がるという両者にとってマイナスの影響が出る。当然、値段が上がれば売り上げは落ち、値が上がった希少な生産物は、売れ残って大量に廃棄されてしまうという社会的矛盾が世界規模で起きている。

しかし、CSA、CSFといった地域支援型の生産者を取り巻くシステムでは、前払い契約であるため悪天候で収穫量が減ってしまったとしても安定的に収入を得ることができる。それにより、我々の食を担う生産者の廃業リスクを避けられるという点で、社会にとって効用が大きい。また、規格外や売れ残りの廃棄野菜をなくすことができるうえ、消費者側にとっては信頼できる食料を定期的に得られるというメリットもある。日本ではまだ寡例ではあるが、北海道や宮城県でその実例がある。

地元でとれた食材が地域に支えられ、その余剰が都市に出るほうが健全であることはコロナ禍下の現況が証明している。しかしその一方で、日本での特にCSFへの試みはなかなか難しい面もある。前述の三重県を代表する高級食材の「伊勢まだい」などは、特にCSFの現代的な限界をもっていた。

例えばある日、鯛が一尾まるごと送られてきたとする。鱗をとり内臓をとって、魚をさばいて調理することができる家庭がどれほどあるだろうか。切り身でしか調理をしたことがない人がほとんどの現代で、まるごとの魚は野菜とは異なり、どうしたらいいのか困る食材のひとつだろう。

しかしそうした問題に対して、料理人の田中氏はこれまでと同様に、生産者と消費者との間に立って媒介することで解決を図った。これらの食材を使い、田中氏自らがレシピをつくり監修した炊き込みご飯の素や茶漬けキットに加工して「三重の恵み」ブランドとして販売提供することにしたのだ。無論、これは料理人、生産者、加工者のまさに三者の「三重」の努力が必要であった。

桑名のはまぐりや伊勢まだい、熊野あまごなど、三重の食材を存分に楽しめる炊き込みご飯の素は5種類を販売。掛け紙にも三重の和紙を使い、専用の竹鍵に入れられ届けられる。https://mienomegumi.stores.jp

冷凍技術の目指すところは、ただの保存食、できあいのものではなく、美味しさの頂点にある食材を、その状態のまま「時を止める」ことにある。実際、マイナス60度で一気に冷凍する高い技術をもった地元の冷凍加工会社「伊勢志摩冷凍」との出合いと協力がなければ、このプロジェクトは実現できなかっただろう。いくら社会貢献であっても、料理人が関わる以上は美味しくなければ意味がないというのが田中氏のポリシーだ。だからこそ、このプロジェクトの完成は悲願でもあった。

地元で地物が食べられるようにしなければならないという課題は、「二重価格」という方法を採用で解決を試みることにした。実はこの「三重の恵み」は、三重県内と通販(県外)での価格は別設定になっている。地元の人たちがその食に触れたことがなくては、食文化の維持は不可能だ。そうした信念に基づき、三重県内では加工費も含めたほぼ原価の価格で販売する一方、県外者が通販で手に入れる価格には、この試みが維持され続ける分だけ上乗せする。つまり、この「三重の恵み」を取り寄せて食べることで、美味しくソーシャル・グッドが実現されるのだ。これはある種のCSA、CSFのアップデート版ともいえる画期的な試みといえるかもしれない。

風土を表現するのが料理人

田中氏がこうした問題意識を抱いたのは、バックパッカーとして訪れた海外での食文化体験がきっかけだった。南米をはじめとする世界各国を訪れた際、田中氏はそれぞれの地元料理人に「地域の料理とは何か?」と必ず尋ねたという。そして、さまざまなバックグラウンドをもつ世界の人々との対話のなかで、食は歴史や風土と不可分なものであり、文化そのものであると再認識した。それが自己のなかで「和食とは何か?」を広く、深く考え直すきっかけになったと振り返る。

食文化はオーケストラのようなもので、料理人は指揮者ともいえる存在だ。それぞれの持ち味を最大限に生かしてひとつの調和を紡ぐために、演奏者は自己の思うベストな音を奏で、指揮者は個々人の最高の音を、全体として調和のとれた至上の状態にして聴衆に届ける。料理人とはいうが、指揮者だけでは音楽にならないのと同様、善き演奏者である生産者たちが不可欠なのだ。

田中氏は海外遊学から戻ると、生産者を訪ね歩いて歴史や風土を自ら体感する旅に出た。そして三重県各地を訪ねて、生産者と深い信頼関係を結んでいった。「割烹 伊勢 すえよし」がトリップアドバイザーの高級料理部門で堂々の世界第9位になっていることも、料理を通して生産者やその風土とつながる場になっていることと無関係ではないはずだ。

西麻布・伊勢 すえよしで供される地元食材のみを使った季節の料理。日本料理の精華がここに集められている。

料理人としての使命、未来への継承

田中氏は、三重県多気郡にある相可(おうか)高校での特別講義を「三重の恵み」プロジェクト後に開始した。ここは2011年にドラマになった『高校生レストラン』(日本テレビ系)のモデルになった学校としても知られ、公立高校として食物調理科を設置している全国でも珍しい高校だ。

●伊勢 すえよし 住所: 東京都港区西麻布4-2-15 水野ビル3階 営業時間: 17:00〜23:00(入店21:00まで) 日曜定休 Tel: 03-6427-2314 ※完全予約制

田中氏は地元の三重県出身者として、また料理の良き先輩として、「三重の恵み」で経験してきたノウハウや、自身が感じている現在の食糧と消費構造のアンバランスさ、そして地球環境がさらされている問題などを、料理を通して伝えている。どれも教室の中では学ぶことのできない、実践者の貴重な言葉だ。

相可高校食物調理科の生徒は、ホテルや料亭で料理人として働くための調理技術を学んでいるが、それに加えて田中氏は学生たちにこのコロナ以後の世界を担う料理人として、どう生きるかを自律的に考える力が今後の料理人には求められている、と説く。

もはや、調理という作業をするだけの料理人では、料理人でいられなくなる時代だ。料理人の職場はホテルや料亭だけに限らない。「三重の恵み」で田中氏が果たす役割のように、コーディネーターとして貢献する新しい働き方もあるだろう。しかし働く場所がいかに変容し多様化しようとも、生産者を基底にしない料理人に未来があるとは思えない。生産者の多様性を反映するからこそ、料理の豊かさが生まれるのだ。

田中氏の相可高校での特別講義をきっかけに、三重県では未来を担う高校生と共に新たな取り組みが動き始めている。このプロジェクトでは、漁で獲れても市場価値がないために廃棄対象になりやすい未利用魚(低利用魚)の問題に対して活用化という選択肢で挑もうとしている。

例えば、銀馬(ギマ)と一般に呼ばれる未利用魚がいる。前半身はカワハギ、後ろ半身はブリのような見慣れない姿をしており、強いヌメリと鋭く太いトゲがあることで市場価値がつかないため、ギマが獲れても利用先がない。ただ、魚は限りある水産資源であり、大事な海の命には変わらない。しかし意外なことに、このギマの味はカワハギの近種というだけあって、味としては美味しい魚だと田中氏は語る。

そこで廃棄処分されているギマなどの未利用魚の価値を高めて活用させるべく、三重県の生産者、加工人、田中氏と未来の料理人である相可高校調理クラブの三者で「キッチン三重の恵み」というプロジェクトを立ち上げた。これは彼らの企画した商品が地元スーパーなどに置かれ、地元人の食卓にのぼるというゴールを見据え、商品開発からブランディング、価値創造まですべてを共同で行うプロジェクトだ。

未利用魚ギマは、いわば生徒たちにとっては食べられる教科書のようなものだ。問題発見、問題解決、商品開発、ブランディング戦略そして消費者の手に届くまでをすべて県内で協力して行うという。それこそ「三重の恵み」で行ってきた手法を惜しみなく公開し、次世代の料理人たちに実践・体験する場を与えている。

日本人総「将軍」時代

田中氏は一貫して、現在の食の消費主義に対して疑念を抱き続けてきた。いまの食のあり方は、江戸時代の将軍のようである。日本全国の産地の食材を食べることができ、自分と生産者とが完全に切り離され、断絶している。誰がどのようにそれを育て、あるいは獲って流通にまでのせ、誰の手によってそれがもたらされて食卓にまでのぼっているのかを想像することが不可能な点も似ている。

ニンジンづくりを誰かが廃業しても、流通側が別のニンジン生産者にすげ替えれば、供給上何の問題もないように思われる。しかし、それが拡大すれば消費者の気付かぬうちに生産者の数は少なくなるのは必定だ。近年、「幻の食材」という言葉を耳にする機会が増えたが、それは生産者が幻になっているからにほかならない。生産者を絶滅危惧寸前にまで追い込んでいるのは、無意識な我々「将軍」なのである。

そしてあらぬ誤解を受けているが、さまざまな種を絶滅に追い込んできたのは、生産者ではない。むしろ小さな生産者たちはそこで収穫ができるように地元の自然環境を整備し、何代にもわたって保護しつづけてきた地元環境の守護者なのだ。

未来に日本の豊かな自然環境を遺せるか、食文化を継承することができるか。田中氏が牽引する「三重の恵み」は、時代の転換点に重要な一石を投じている。

田中佑樹
割烹「伊勢 すえよし」主人
1988年生まれ、三重県四日市市出身。物心ついたころから日本料理屋を営む父親の元で料理に親しむ。服部栄養専門学校卒業後、老舗料亭「菊乃井」などで研鑽を積み、24歳から見聞を広げるため世界一周の旅へ。世界15カ国以上を巡りながらグアテマラ、ペルー、アルゼンチン、イタリア、トルコなどでは地元の食堂にて郷土料理を学ぶ。その旅のなかで故郷である伊勢の食文化の魅力を再認識し、帰国後の2015年に割烹「伊勢 すえよし」をオープン。「LOVE TOKYO AWARDS2017」ベストレストラン受賞。トリップアドバイザー クチコミで選ぶ観光事業者ランキング2020 1位。http://isesueyoshi.blog.fc2.com

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