ライラとみんなの「シブヤフォント」

ライラとみんなの「シブヤフォント」

2021年2月、「シブヤフォント」がソーシャルプロダクツ・アワードの年度テーマの大賞を受賞した。そのシブヤフォントのディレクターであるライラ・カセムさんに話を伺うべく、彼女が特任助教を務める駒場にある東京大学先端科学技術研究所センターの研究室を訪れた。

Words: Kosei Mitsuishi Photos: Tohru Yuasa

  •  Twitter
  • Facebook
  • Pocketに保存する
  • RSSを登録する

共働のアール・ブリュット

アートは本来、誰にでも開かれている。性別も関係なく、年齢も関係がない。無論、障がいの有無も関係がない。20世紀の画家ジャン・デュビュッフェは「アール・ブリュット(l’Art Brut)」という概念を第二次世界大戦後のフランスで生み出した。アール・ブリュットとは、日本語では「生(き)のままの芸術」と訳することができるだろう。

彼は1948年にアール・ブリュット協会を自ら設立し、アール・ブリュットの精神に基づいて、文化や常識の影響を受けずに内発的な想像的欲求から生み出される作品を真の芸術と定義づけた。しかし、そうはいうものの、現代ではアール・ブリュットはそうした思想背景や、あるいは慈善という枠組みによって線引きされたコンセプチャル・アートのようになってしまっている感は否めない。

ライラさんが特任助教を務める東京大学先端科学技術研究センターの中邑研究室から見える風景。彼女は現在、協働のプロセスとデザインのスキルを掛け合わせ、主に障がい福祉現場の人々の社会参加と、経済的自立をうながす仕組みづくりの実践研究に取り組んでいる。

しかし、渋谷を中心に展開している「シブヤフォント」はそうした枠組みを飛び越え、あらゆる架橋を成功させている。そのシブヤフォントというムーヴメントから生み出される柄やフォント、プロダクトデザインは愛らしく、面白く、生々しく、そして外向きである。産業とデザインいう文脈のなかにおいても、ここまで成功し、持続しているアール・ブリュット関連のムーヴメントは、いままでの日本ではあまりなかったように思われる。

シブヤフォントの誕生は偶発か、必然か

シブヤフォントとは、渋谷区、桑沢デザイン研究所、株式会社フクフクプラス、渋谷区内の障がい者支援事業所(以降、福祉施設)が連携するプロジェクトだ。障がいのある人が描いた文字や絵柄をもとに、渋谷でデザインを学ぶ学生らがフォントやデジタル柄をデザインし制作したもので、さまざまな企業の商品やサービスに採用されている。また、それらのデザインは多くの企業とのコラボを通じて渋谷スクランブルスクエアや渋谷区内外の多くの店舗などでプロダクト製品として販売されており、シブヤフォントは渋谷の代名詞にもなりつつある。

シブヤフォントの始まりは2016年。長谷部健・現渋谷区長が「渋谷区のおみやげをつくりたい」と提案したことが発端だった。その提案に真っ先に手を上げたのが、渋谷区の障がい者福祉課である。渋谷のみやげを開発することで、障がいのある人たちの施設での工賃向上を目指し、さらには地域と連携したものづくりを行いたいという企図があったのだ。

そのころ、福祉施設とのものづくりプロジェクトや、桑沢デザイン研究所でプロダクトデザインの講師をしていた磯村歩さん(フクフクプラス代表取締役)に、区の福祉施設の職員の紹介で、障がい者福祉課から声がかかる。桑沢デザイン研究所は、渋谷区役所の新庁舎からほど近いところにある同じ渋谷区の専門学校だ。まだこのころ、ライラ・カセムさんと磯村さんは出会っていない。

ライラさんは同時期に、足立区の綾瀬ひまわり園を中心に、福祉・アート・プロダクトに関する支援と実践方法の研究や、さまざまな自治体と福祉施設とデザイナーをつなげるワークショップなどを行っており、その界隈では知る人ぞ知る存在だった。東京藝術大学の博士課程を終えたライラさんと磯村さんは、2016年にお互いが出展していた展示会で偶然に出会い、磯村さんからのこの話をもちかけられて彼女は即座に快諾したという。

平成28年度渋谷おみやげプロジェクトとして誕生した「シブヤフォント」は、渋谷で暮らし、働く障がいのある人の描いた文字や数字を、渋谷でデザインを学ぶ学生がフォントやデジタル柄としてデザインしたパブリックデータ。 使用料はコラボレーションを通じた商品の売上は手数料を除き、施設へお金が還元される。


ライラさんが新たに加わったことは、シブヤフォントにかかわるすべての人にとって天佑であったかもしれない。彼女はすでに日本だけでなく、クロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボなどで、知的障がいや聴覚障がいをもった人たちの施設や工房とのデザインプロジェクトの経験もあったし、支援と指導ができるという外ベクトルと内ベクトルの両方を兼ね備えた人材は稀有だからだ。実際、アートの経験値がまばらな施設の人々をまとめ、ひとつのかたちに結実させていくシブヤフォントの現場力は、ライラさんなしでは語ることができない。

12
  •  Twitter
  • Facebook
  • Pocketに保存する
  • RSSを登録する