
明確な正解のない問題にどう取り組むか
東アフリカのウガンダにあるSunda Technology Global社(2020年創業)は、水問題の解決に従来とは異なるアプローチで課題に挑んでいる。それが、従量課金システムによる井戸のメインテナンスシステムだ。現地に赴いてその最前線で指揮を執るのが同社の代表取締役社長・坪井彩氏。今回、ウガンダから一時帰国をしていた坪井氏にアフリカにおける水の現実の問題、Sunda社の解決策など話を伺った。
Words: Miyako Ebata Photos: Tohru Yuasa(Portrait)
東アフリカ・ウガンダの水問題の“リアル”
アフリカ諸国における人道支援で真っ先に思いつくことは、“井戸を掘ること”ではないだろうか。アフリカの水問題に対して、我々のほとんどはとにかく井戸を掘ることで解決できると信じてきた。確かに支援の第一歩として、決して間違いではない。しかし井戸から水を汲むためのハンドポンプは消耗品であり、井戸を掘った後のメインテナンスが必要となるが、そのための仕組みづくりにまで関心を向けた人は、これまでほとんどいなかった。
ウガンダに設置された井戸の多くは、いまでも日本の下町の路地裏に入るといまでもたまに見かけられる、あのハンドポンプだ。世界各国からの“慈善活動”の一環として設置されてきたこの井戸は、ウガンダの生命を担う重要な水源である。

株式会社Sunda Technology Global代表取締役CEOの坪井彩氏。2013年にパナソニックに入社しIT部門でデータ分析コンサルタントとして勤務。その後、青年海外協力隊としてウガンダの地方県庁の水事務所にて活動。1年間の活動を通してウガンダ農村部の水問題に触れ、そのソリューションとして「Sunda」を考案。現地エンジニアやその他協力隊員とSundaの活動を始める。21年に第6回日本アントレプレナー大賞受賞。
ところが、“井戸が壊れる”ことは現代先進国の発想の外にある。地下水に混じって汲み上げられる細かい粒子(泥やさびなど)によるゴム製の部品の摩耗や、たび重なる上下運動に金属疲労がロッドの破断を引き起こし、フリカではハンドポンプ式の井戸は高頻度で壊れる。壊れてしまえば、つるべ式の井戸ではないので、その井戸はもう使えなくなくなってしまう。そうなれば、ウガンダのそれぞれ村人たちは、そこから数キロ離れたところ水源地に取水しに行くしかない。
アフリカでは、男は外で働き、家事は女の仕事、という考えが未だ根強いこともあり、数キロ離れた井戸に水を汲みに行くのは、女性や子どもたちの仕事だ。
彼女たちはそれを1日に2〜3回行うが、その往復のリスクは、我々の想像を遥かに超えている。彼女たちに襲いかかるのは毒蛇、そしてレイプ被害である。「取水は、アフリカの地方部の女性にとって命懸けの家事なんです」と語るのはSunda Technology Global社の坪井彩氏。では、村にある、あるいは村から近い井戸をメインテナンスするなり、修理すればよいと思うかもしれない。だが、ここでアフリカならではの事情が、障害となる。

日本の本州とほぼ同じ広さで、赤道直下に位置するウガンダの人口は4,427万人(2019年、世銀)。水衛生の問題が顕著で、安全な水を得られない人の割合は42.8%(2020年ワールドビジョン調査)にも及ぶ。
村人たちによるメインテナンスのための集金が、ままならないのだ。それは貧しさから払えないというよりも、別の事情によるところが大きい。というのも、集金を村人がするに至っても、「ウチよりあの家のほうが家族も多いし、水を使っているから同じ金額は払いたくない」などの不満を口にする者も少なくない。しかも、やっとのことで集金をしても、まとまった現金が目の前にあるという誘惑に耐えきれずに使い込みや横領をしてしまう者、そのままお金を持って村を飛び出してしまう者なども見受けられるという。
一度の修理メインテナンスでさえそうなのだから、何度も必要になる集金に対して非協力的になるのは当然である。その結果、井戸は壊れたまま放置され、またどこかの慈善事業による数キロ先の新しい井戸を、“壊れるまで”使い倒すことが繰り返されることになる。村の近くに溜まり水はあっても、これはあまりに不衛生で、沸かして使っても疫病の源となってしまう。
頼みの行政は、予算不足や行政特有の諸問題によって、こうした問題に対する抜本的な解決策をもたないまま、ウガンダの水問題は井戸同様にそのまま放置されていた。
A small, good thing
坪井氏自身も、集金費用で紛糾していたある村の井戸のメインテナンス費(日本円にして数万円程度)を、肩代わりしたこともある。その後、やはり井戸は壊れ、再び村民は彼女のもとに泣きついてきた。これをすべての村でやることはできないし、何度も自腹で井戸のメインテナンス費用を出し続けるわけにはいかない。現地の人たちが自分たちでできる仕組みづくりが必要だった。
この体験が、彼女がSunda社を立ち上げるひとつのきっかけとなる。自律的にメインテンスの集金さえできれば、問題は解決する。水を売るビジネスではなく、水メインテナンスにかかわる“集金システム”の構築によってアフリカの水問題を解決しようと試みる、斬新なアプローチだった。
そもそも、メインテナンス費用回収の問題の根本は、村人の不平等感や不信感に根ざしていた。その解決のため、坪井氏は“可視化”という方法をとる。水の使用量、つまり井戸の使用度が公平に確認できるシステムを構築すること、さらにその使用量データに基づいた従量課金制にし、支払いを現金集金ではなく、携帯電話を使ったモバイルマネーで個々人が決済するというシステムを導入したのだ。

上部のソーラーシステムと、水量計、水バルブ、カードリーダー、制御基板を収納するオレンジボックスを備えたSundaユニット。既存のハンドポンプ式井戸に設置することで、従量課金型の料金回収を自動で行うことが可能に。
アフリカでは3Gが主流ではあるが、携帯電話がかなり普及している。特に銀行口座を開設する困難さから政府発行の現金貨幣よりも、携帯のSMSを使ったM-PESA(エムペサ)という決済システムがケニアでは利用されている。ケニアのGDPの半数以上はM-PESAで決済されており、アフリカ人にとってモバイル決済はなじみ深く、親和性も高い。
例えば、ウガンダの村に滞在して、水汲みをするとしよう。まずは井戸に自分のID登録がされたSunda社発行のタグ(トークン)を挿入すると井戸から水を出せるようになる。そうして水の使用量はこのSundaのデータサーバーで管理され、自分の負担すべき井戸メインテナンス費用があとで決済される。
現代人はついハイテクノロジーこそが人類の問題解決をしてくれるという妄執に駆られている。高度なシステムのなかに解を見出そうとするが、このようなローテクノロジーの組み合わせがウガンダの、そしてアフリカの水問題の解決に一石を投じている。自分たちのことを自分たちでする。現代の世界が理想としている自律循環型の社会システムが、東アフリカのウガンダに現れつつあるのだ。
“なんとなく”のバイタリティ
坪井氏は、日本を代表する家電メーカー・パナソニックの出身。いわゆる大手企業である同社を辞して単身アフリカでSunda Global Technology社を起業した。彼女にとって人生初の起業であり、それをアフリカで行う日本人は極めて少ない。
何が、彼女をアフリカでの起業に駆り立てたのか。

大手企業を辞めた後悔はないかという質問に、笑顔で「いまがいちばん充実している」と答えた坪井氏。さぞかしバイタリティと起業精神に溢れた人物かと思いきや、インタビューを始めると、おっとりとした話し口調で、やさしくて穏やかな人柄が伝わってきた。
ウガンダを最初の起業地に選んだ理由は、綿密なデータリサーチを経たうえでのブルーオーシャンを求めてのビジネス戦略の結果、というわけではない。「1年間のJICAの青年海外協力隊員としてウガンダを訪れた“たまたま”のご縁から、なんとなく決めた」という。しかも、起業に関しても人生で起業して一旗揚げたい、という夢を抱いていたわけでもなく、「いつの間にかそうしていた」のだと語る。
単身アフリカで水問題の解決を、大企業に属しながらではなく、独立を選択してビジネスとして起こした彼女の“なんとなく”の源泉は、どこにあったのだろうか。
やってみないと、わからない
坪井氏の大学時代の専攻は、物理学。しかし4年生のときに、自身にとっては“物理は使うもの”であると気づき、大学院では最も身近にある物理現象で、かつ幼いころから関心のあった気象学へと転向する。そして院生時代、隣の研究室の教授に誘われて、なんの気なしにバングラデシュへ気象調査に赴くことに。これが彼女にとって人生初の海外渡航だった。まさか、10年後にウガンダでウォータービジネスをしていることなど、このときの本人は想像もつかなかっただろう。
アフリカで起業することに恐れや不安はなかったのだろうか。そう訊ねると、彼女は首を傾げて何か思い当たることを探していた様子だったが、「特になかったですね」と微笑む。本人は淡々としているのだが、当然ながら現地へ赴いた当時は本人よりも周囲の人のほうが心配だっただろう。しかし、単身でアフリカに渡り初めて起業することに対して、両親からは特に反対もなかったという。「昔からこうと決めたらどうしようもない、という性格をわかっているので」と、坪井氏は数年前を振り返った。
当初から、ウガンダにそのまま“日本流”を持ち込んでも上手くいかないことを現地で痛感した。ビジョンや解決策があろうとも、会社経営の基本は、チームワーク。ウガンダ人の現地スタッフ集め、そして彼らとのビジョンを共有し、信頼を獲得する。それらは同国の人間同士でも簡単なことではない。ウガンダと日本との直線距離は約11,000キロメートル。個性も違えば、考え方も当然異なる。

Sundaユニットを備えたハンドポンプ式井戸を前に、Sunda Technology Global社の共同創始者やフィールドエンジニアなどのチームメンバーに囲まれる坪井氏。現場主義で、自ら率先して水衛生の問題を抱える農村部に出かけ、Sundaユニットの普及に努めている。
日本人は、会議や計画を重視しすぎるがゆえに机上の空論に終わることも多い。話にだけ上がって、結局何も動かなかったプロジェクトの数々に、身に覚えはないだろうか。
しかし、ウガンダの人々は「とりあえずやってみよう」と真っ先に行動をしながらトライ・アンド・エラーをしていく傾向が強い。逆に計画を立案し、計画に基づいて逆算して取り組むのは苦手な国民性であると坪井氏はいう。
無計画だが行動力のある猪突猛進型のウガンダ人、計画立案は得意だがリスクを恐れて自ら率先して行動できない日本人。経営全体のビジョンを担う一方、現場でのチームリーダーとして彼女は、日本とウガンダの両方の美点の媒介者としてSunda社を牽引していく。
インタビュー中、今後に関するいくつかの質問に対し、「それは行って、実際やってみないとわからないですね」と、坪井氏が答えたのが印象的であった。もちろん、彼女は自社の事業に関して優れた展望と戦略はもっているが、理論は理論、であるとして理論に依存していない。Sunda社のビジネスモデルは、前例のない、まさに破壊的イノベーション(スタートアップ)であるだけに、正解がないのだ。正解のないなかで、自分も現地で一緒に手を動かしながら、関係する仲間たちやウガンダ国民の納得いくものを日々考え、改良を重ねている。
最後にこの仕事のやり甲斐を感じる瞬間を尋ねると、「ありがとう、という笑顔ですね」と坪井氏。現時点ではSundaシステムを34基の井戸に設置(2022年3月取材当時)し、約1〜2万人の人々が利用している。しかし、ウガンダの全人口は約4,400万人。Sunda Global Technologyのチャレンジはまだ始まったばかりだ。