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「マネジメントにおいては安心感を与えることが大事だ」という話

「マネジメントにおいては安心感を与えることが大事だ」という話

 

「生まれちゃった存在としての人間」、3~4年前、政治学の教授が授業中に何気なく放ったそんなフレーズが、今でもまだ耳に残っています。社会人になって約1年半が経ちますが、日々働きながらいろいろと考えることがあります。今回は、上記フレーズを元に、「人」の生と企業組織、その2つの関連性について考えていった結果、「マネジメントにおいては安心感を与えることが大事だ」という結論に至った話をします。

 

はじめに

「生まれちゃった存在としての人間」とはどういうことか。これをより捉えやすくするために、対比概念である「モノの存在」について、まずは考えてみます。

モノには、大抵の場合、意図や目的(本質)が先にあります。意図にカタチが与えられ、モノは生まれます。例えば「椅子」の場合、「腰をかける」という意図が先にあり、作り手によってそれがカタチ作られることで「椅子」は存在します。

一方で、「人」は、実存が意図や目的(本質)に先んじます。フランスの哲学者サルトルは、目的(本質)が実存に先立ち、自らを自らによって定義づける自由を持たないモノを「即自存在」、また、実存が本質に先立ち、主体的に選択する行為を繰り返すことによって、自らを定義づけていく自由を持つ人間を「対自存在」と位置づけました。

「生まれちゃった存在」である人間は、自らの生きる目的や意味を自身によって定めることができる(あるいは、定めなければならない?)存在なのです。

 

存在意義(レーゾン・デートル)の3つのステージ

サルトルの実存主義に立脚すると、人の生とは、「自らが存在するところの意味や目的」を自ら定義するプロセスであると捉えることができます。本稿では、「自らが存在するところの意味や目的」を「存在意義(レーゾン・デートル)」という言葉で表します。この「存在意義」を定義していくプロセスについて、3つのステージ(厳密には4つのステージ)に分けられるのではないかと私は考えます。

 

ステージ1 :「自分はここに存在してもいいんだ」という「安心感」を求める。

ステージ1.5:即自的に存在意義を求める。承認欲求。

ステージ2 :対自的に存在意義を求める。自己実現。

ステージ3 :存在意義のその先。超越。

 

ステージ1

アメリカの心理学者であるエリクソンは、自身が提唱するライフサイクル論の中で、一生を8つの発達段階に分け、それぞれの段階に発達課題があると論じています。8つの発達段階の内、一番初期段階である乳児期においては、母親との関係性の中で「基本的信頼」を獲得し、「基本的不信」を克服することが大事であるといっています。生まれたばかりの赤ちゃんは無力な存在であり、空腹時や排泄時などの「不快な状態」にあるとき、自身の力によってそれらを克服することができません。赤ちゃんはただ泣きわめくのです。泣き声を聞いた母親は、お乳を飲ませたり、おむつを替えてあげたりすることで赤ちゃんの「不快な状態」を「心地良い状態」へと変化させます。これらの行為を繰り返し経験することによって、赤ちゃんは「自分はこの世に存在してもいいんだ」という「基本的信頼」を獲得していくことになります。エリクソンの主張する「基本的信頼」を私は「安心感」と呼び、これが存在意義(レーゾン・デートル)のステージ1において求めるものであると考えます。

(※「基本的信頼」と「基本的不信」は必ずしも二者択一的なものではない点、例え幼少期に「基本的信頼」を十分に獲得できなかったとしても、その後の成長過程において獲得することも可能である点の二点について、留意しておきます。)

 

ステージ2

「安心感」を獲得した「人」は、自分の存在意義をより確かなものにするべく、ステージ2へと進みます。ここは、自身が社会に対して価値貢献できることを探し求め、そのための選択と実践を繰り返すステージです(これは、マズローの欲求五段階説における第5階層の「自己実現」と近しいものであると考えます)。もしも、ステージ1で社会に対する「安心感」が得られなかったのであれば、社会に貢献しようという意欲は湧いてこないでしょう。つまり、ステージ1(安心感)は、ステージ2(社会への貢献、自己実現)の必要条件であると考えます。

一方で、ステージ1からステージ2への移行はそれほどスムーズには行われません。「安心感」で満たされなければ、ステージ2には進めないのです。ステージ1で満たし得なかった欠落部分を人は他者からの「承認」によって満たそうとします。これがステージ1.5です(マズローの欲求五段階説における第4階層の「承認欲求」と同等です)。「安心感」と「承認」、この2つのバランスは人によって異なりますが、これらで満たされると、ステージ2が見えてくるというわけです。

 

ステージ3

ステージ1から(ステージ1.5を経由して)ステージ2に進むことができたとして、その人の存在意義は確立されるのでしょうか。私には、まだその先があるように感じてなりません。存在意義とは、そんなに簡単に確立されるものではありません。また、一度確立できた(と思った)存在意義も、分野を移したりコミュニティを変えたりした瞬間に一気に崩れ去ってしまうことが往々にしてあります。そうやって、存在意義を確立したり、崩壊させたり、また確立したりを繰り返した結果、我々はどこに行き着くのでしょうか。

行き着いたことがないので断定はできないのですが、意図や目的(本質)に先んじて存在しているのだ、というところに最終的にはまた戻ってくるのではないかと考えます。これが未知なる領域であるステップ3(存在意義のその先)です。

 

企業組織における存在意義のあり方について

次に、企業組織とそこで働く「人」について考えてみます。まず、ステージ1の「安心感」について、これは一般の企業ではあまり問題にされていないことであると考えます。論点にすら上がってこないのが現実なのではないでしょうか。理由は、至ってシンプルです。企業組織側が「基本的信頼」や「安心感」を与えることを守備範囲としていないからです。それらは、家庭あるいは学校教育の中で培われるべきものであって、ステージ1に達していることを前提に、人を採用するのが一般的であると考えられます。

次のステージ1.5に関してですが、多くの企業や働く「人」の現実がこのステージ1.5にあるのではないかと考えます。ここでは、給与・ボーナス、出世、賞賛等のために日々の業務に勤しみ、あるいは、会社や上司、顧客から認められたいがために彼等の期待することが何かを考えこれに沿って行動します。これ自体は決して悪いことではなく、むしろ、企業組織と働く人の両者にとって、互いに目的を達成しうる関係性であると言えます。

一方で、働く「人」の存在に着目すると、他者の期待する型を探りそこに自らを合わせに行くことで自らの承認欲求を満たしているのですから、実存に目的が先立つ即自的な存在となっていることが分かります。サルトルによれば、即自的な存在である限りそれはモノの生であり、人の生ではありません。組織の中においても、人が「人」らしく働くためには一体どうすれば良いのでしょうか。

「即自的な働き方をやめよ」といった話ではおそらくありません。企業組織の特性上、ステージ1.5における即自的な働き方は誰もが通るべき通過点であり、むしろ、即自的な働き方を昇華した上でステージ2(社会への貢献、自己実現)の対自的な働き方を見出す道があるのではないでしょうか。ステージ2における対自的な働き方とは、承認欲求をモチベーションとして他者の期待に自らを合わせに行くのではなく、自分が世の中に対して価値貢献できるような何かを探し求め、主体的な選択と実践を繰り返すことです。

対自的な働き方を実践するためには、これを支えるような環境づくりが大事になってくると考えます。その環境こそがステージ1の「安心感」なのです。

 

むすびに

「生まれちゃった存在としての人間」というフレーズを元に「人」の生について考えていくと、「人」は対自的な存在であるため、自らの本質を自ら定めることができる存在であり、「人」の生とは「存在意義」を定義していくプロセスであると考えられ、これを3つのステージに分けて考えることができるのではないか、という話をしてきました。

ステージ1では社会に対する「基本的信頼」(≒安心感)を求め、ステージ1.5では「承認」を求める即自存在となり、ステージ2では「自己実現」や社会貢献を求める対自存在となるも、ステージ3においては存在意義の「その先」へ到達するのではないか、そんな理論的仮説を提示しました。

これを実際の企業組織と働く「人」に当てはめて考えてみると、ステージ1は現状ではあまり重視されておらず、ステージ1.5が多くの企業や働く人の現実であると考えられ、ステージ2では人が「人」らしく働けるのではないか、という分析を行いました。また、ステージ1の「安心感」で満たすことによって、ステージ1.5にいる人をステージ2へと誘うことができるのではないかという考察から、「組織マネジメントにおいては安心感を与えることが大事だ」という結論がここに導き出されました。

最近では、Google社が「心理的安全性」がチームの生産性を高めることにつながる、と発表しています。企業組織と働く「人」の関係性については、今後さらに注目されるトピックなのではないでしょうか。

最後に、今回「マネジメントにおいては安心感を与えることが大事だ」という結論に至った背景には、「安心感」を与えてくれた多くの方々の存在があるのだと身に沁みて感じました。「与えてもらったからこそ、今度は他の人に与えよう」、そんな想いと行動が連鎖していく環境を作っていくためにも、私自身が今、行動に移さなければ!と感じております。

「ステージ2の対自的な働き方を目指しながらも、周囲に対してはステージ1の『安心感』を与える環境を作っていき、同時に未知なる領域であるステージ3への細い思考を続ける」これを直近の私の働き方、ひいては人生における行動指針にしようと思います。

 

 

 

 

玉城 麦野
執筆者:玉城 麦野
2015年 新卒でネットプロテクションズに入社。
セールスとして日々業務に勤しみながらも、マーケティングや新卒採用にも積極的に関わっている。
思考や世界観を伝えたり議論したりすることが好き。
沖縄出身、短期留学、政治学専攻、東南アジア旅行、戦争博物館の比較研究などの出自・経験を持ち、人や世界の本質をとことん追求していきたいと考えている。
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