人が主体的に動き、輝ける環境をつくる。実践するのは決して容易なことではありません。上司が細かく指示を出せば、現場はミスなく回るかもしれない。しかし、それではメンバー自身が思考し、決定できる強い組織にはなりません。
私たちネットプロテクションズ(以下、NP)も、組織づくりに試行錯誤を続けてきた企業の一つです。 その実践知として11月に『管理職を全廃しました』という書籍を出版しましたが、私たちが目指しているのは「管理をなくすこと」そのものではなく、一人ひとりが自律して輝ける環境をつくることです。
今回は、そんな私たちが組織形成のヒントを求めて、ある方と対談を行いました。 ドイツで20年以上にわたり、サッカーの育成現場に立ち続けている中野吉之伴さんです。
「答えを教えない」指導で子供たちの主体性を引き出す中野さんと、社員の自律を促すNP取締役の秋山瞬。 ドイツのグラウンドと日本のオフィス。環境は違えど、「人を信じて任せる」という共通のテーマに向き合う二人の哲学をお届けします。
プロフィール
「正解」を求める教育への違和感。自分の頭で考える力はどこで育つのか
ー中野さんはドイツに渡って20年以上、現地の指導者ライセンスを取得して最前線に立たれています。まずはそのキャリアの出発点から紐解かせてください。そもそも、なぜドイツでサッカー指導者の道を選ばれたのでしょうか?
中野:最初のきっかけは、日本の教育環境に対する居心地の悪さでした。中学1年生の終わりごろ、突然「勉強ができない日」が来たんです。それまでは成績も良く、いわゆる優等生でした。けれど、自分を偏差値という数字以外でどう定義すればいいのか分からなくなってしまった。 周囲の大人や先生は「偏差値の良い高校・大学に行けばいい」と言うけれど、そこに自分の「やりたいこと」や「言いたいこと」を受け止めてくれる大人がいないと感じていました。その時、日本ではない別の環境なら、違う価値観や答えがあるのかもしれないと、海外へ目を向けるようになったのが原点です。
秋山: そこから、どう指導者の道へ?
中野: 大学時代に地元の小学生サッカーチームのコーチ募集に応募したのですが、入ってすぐに監督が辞めてしまい、僕がチームを見ることになったんです。右も左も分からない中、子供たちの話を聞き、試行錯誤しながら3年かけて向き合うと、チームとしてすごく良い関係性ができたんです。 ところが、ふと他のチームを見ると、子供たちが大人の言う通りにやらされ、怒られて萎縮していたりする。僕のチームはこんなに楽しそうなのに、なんであの子たちはあんなに辛そうなんだと違和感を持ちました。
下手だから怒られるのは仕方ない、という空気もありましたが、サッカーが好きでやっている子供から、楽しくサッカーをやる権利を奪うことはできないはずです。そういう想いから、今までにない指導者を志すことを考え始めました。
秋山:なぜドイツを選ばれたのですか?
中野:あるギャップに興味を持ったからです。当時のドイツ代表は強豪国ではありましたが、正直、サッカーの内容は堅実で面白くなかったんです。 それなのに、サッカー協会の登録人数は世界一でした。トップのサッカーはつまらないのに、なぜこんなに競技人口が多いのか?その答えは「現場は楽しそうにやっているらしい」と聞いて。 そのギャップは何なのかを、現地で確かめたかったんです。そこには僕が日本で感じていた違和感を打開し、「子供たちがやりたいことをやれる環境」を作るヒントがあるのではと思い、海を渡りました。
良かれと思った「介入」が、自走を止める。対話が生む納得感とは
ードイツの指導現場で、日本との一番の違いはどこに感じますか?
中野: 指導者と選手の関係性、特にコミュニケーションの矢印が逆だと感じます。ドイツでは指導者が選手に問いかけ、選手から言葉を引き出す双方向の関係がベースですが、日本ではしばしば指導者から選手へ一方的に答えを与える関係性を垣間見ます。実際、日本に帰国して育成年代の試合を見ると、試合中にベンチからずっと怒鳴っている指導者を見かけました。「あそこ空いてるだろ!」「なんで蹴らないんだ!」と。
ある時、大きな声で怒鳴っている指導者の方に「なぜそんなに怒鳴るんですか?」と聞いたことがあるんです。すると彼は「子供たちを怒っているんじゃない、悪いことをしたから叱っているんだ」と言う。感情で怒っているのではなく、選手のためにあえて厳しく指導しているんだ、という理屈ですね。でも、子供たちの表情を見ると、明らかに萎縮しているんです。
秋山: ビジネスの現場でもよく聞くセリフですね。「部下のためを思って言っている」という。でもそれって、裏を返せば「教える」という名目のもと、答えを先に与えてしまっている状態ですよね。
中野: そうなんです。よかれと思って「あそこへパスしろ」と叫ぶ。でも、答えを先に教えるということは、子供たちから「考える機会」を奪うことなんです。 自分で見て、判断して、決断する。そのプロセスを大人が奪ってしまったら、いつまで経っても「指示待ち」の選手しか育ちません。また、僕は同じ会場にいた子供たちに聞いたんです。「あんなに怒鳴られて、どう思ってるの?」と。 すると彼らは「大人の理論はああらしいよ」「なんとか話が左から右へ抜けるように努力してます」と。熱量を込めて叱っているつもりでも、相手には騒音として処理されている。これでは意味がないですよね。 ドイツでは、ミスをした選手に「なぜ今のプレーを選んだの?」と問いかける指導者が増えました。答えを与えるのではなく、本人に語らせる。その対話のプロセスがない限り、本当の意味での成長はないんです。
先回りして失敗を奪っていないか。「待てるリーダー」が自律の土壌を作る
ー「問いかけて、待つ」。これは言うは易く行うは難しだと思います。秋山さんはNPでどう実践されていますか?
秋山: 僕が組織づくりにおいて意識しているポリシーは、意志ある人の邪魔をしないことに尽きます。 人は本来、やりたいことや意志を持っている生き物です。それを組織の構造や上司の良かれと思った干渉が摘み取ってしまっている。だから、大人がやるべきは管理ではなく、彼らが挑戦し、失敗できる土壌を整えることだけだと考えています。
中野: 共感します。ただ、この待つ、任せる、というアプローチは指導者やリーダーにとってすごく忍耐が必要ですよね。
秋山: おっしゃる通りです。答えを言ったほうが早いし、失敗する前に止めてあげたいという老婆心もある、管理したほうが短期的には成果が出ることもあります。でも、中野さんがおっしゃったように、それでは長期的な自走は望めない。
中野: ドイツ語で「自律(Selbstständigkeit)」という言葉には、「責任を持って行動する」という意味が含まれています。自分で決めて、自分でやった結果には自分で責任を持つ。 子供たちが自分で考え、決断するまで、大人が待てるかどうか。そこに手を出さずに我慢できる大人が増えれば、日本のスポーツ界も、そして社会全体も変わっていくのではないかと思います。
秋山: NPが目指すのも、まさにそういう社会です。そういう想いもあってNPでは、自分たちの会社に閉じない働きかけをするためにFC今治と「次世代育成パートナーシップ契約」を交わし、スポーツを通じた学びの場づくりや、若い世代の自律的な成長を支える取り組みも始めています。ビジネスでもスポーツでも、業界の垣根を超えた取り組みなどを通じて、自律的に考え、行動できる人が育つ環境を社会全体に広げていきたいですね。
「好きにしていい」はリーダーの責任放棄。自走する組織の条件
─「任せる」と「放任」の境界線についてはどうお考えですか?
中野:そこは「主体性」と「自由」を履き違えないことが重要だと考えています。 ある高校生の話ですが、先生が主体性が大事だと言って部活の運営を生徒に丸投げした結果、個々人が自分を主張をし、その結果、派閥ができてチームが崩壊してしまったそうです。 チームとしての判断基準や目的の共有がないまま、あとは自由にしていいよと言うのは、主体性の尊重ではなく、大人の責任放棄です。
秋山: NPが出した『管理職を全廃しました』という本も、タイトルだけ見ると「管理職をなくすこと」が目的のように見えますが、あくまで手段なんです。全員がマネージャーのような視点を持って、成果や成長を追求するために、あえて管理職をなくしている。目的の共有や、判断基準のすり合わせがないまま形だけ真似ても、うまくいきません。
中野: そうですね。ドイツのハーフタイムのミーティングはすごく短いんですが、そこで指導者がどう関わるかが重要です。子供たちだけに任せきりにすると、意見が割れて収拾がつかなくなることもあります。かといって、時間がないからと大人が正解を指示してしまっては、彼らの成長にはなりません。だからこそ、指導者は情報の整理(ファシリテーション)に徹するんです。議論が発散しそうになったら、「言いたいことは分かるけど、今はここの解決策に集中しよう」と導く。子供たちの意見を引き出しつつ、向かうべき方向へ束ねていく。それが指導者の役割だと思っています。
秋山: まさにNPで提唱している「ティーチング・コーチング・ファシリテーション」の使い分けと同じですね。メンバーの成熟度に合わせて、最初は「ティーチング」で教えながら伴走し、徐々にメンバー主導へシフトして「コーチング」的な関わりへ。そして最終的には、自律したメンバー同士の議論を「ファシリテーション」して整理する形へと移行していく。ビジネスもサッカーも、リーダーに求められるスキルは場を整え、整理することに集約されるのかもしれません。
自律支援の先に見据えるもの
ー最後に、お二人が育成を通じて社会に還元したい価値について教えてください。
中野:僕は「Empathy(共感: 相手の内側に入り込み、その気持ち、わかるよと感じる)」を持った人を世に送り出したいですね。 単なる「Sympathy(同情:相手を外側から見て、かわいそうと感じる)」ではなく、相手の立場に立って「なぜそうなったのか」「自分に何ができるか」を想像し、行動できる力です。 ドイツには「人は人生で必ず二度出会う」という言葉があります。一度目で喧嘩別れしても、相手を尊重できていれば、二度目に会った時にまた手を組めるかもしれない。そういう寛容さと想像力を持った大人が増えてほしいです。
秋山: 素敵ですね。僕の中のリーダーの定義は、「次のリーダーを生み出せる人」なんです。 NPが組織として目指しているのも、まさにそうした「成長支援の連鎖」が自然と生まれる土壌づくりなんです。特定のカリスマが引っ張るのではなく、一人ひとりが自律し、他者を生かせるようになること。そうやってNPで育った人材や、中野さんのようなスタンスの指導者の元で育った子供たちが、大人になってまた次の世代へ同じバトンを繋いでいく。この「連鎖」ができれば、社会はもっと良くなると信じています。
中野: そうですね。サッカーという枠を超えて、そんな「人と人との関わり方」が広がっていく未来を、僕も楽しみにしています。
おわりに
「答えを教えることは、考える機会を奪うこと」。中野さんのこの言葉は、私たちNPが大切にしている価値観そのものでした。 サッカーのピッチでも、オフィスのデスクでも、人が輝く環境の本質は変わりません。管理するのではなく、主体的に活動できるように支援して、最後は信じて任せる。その我慢の先にこそ、本当の意味での個人の成長と、強い組織が生まれるのだと再確認できた対談でした。