会社経営の全ては自然から学べる。テクノロジーの発達で変わる社会において、自然な経営とは?/ダイヤモンドメディア武井浩三さんインタビュー

執筆者: 秋山瞬

会社経営の全ては自然から学べる。テクノロジーの発達で変わる社会において、自然な経営とは?/ダイヤモンドメディア武井浩三さんインタビュー

執筆者: 秋山瞬

ホラクラシー、TEAL(ティール)、自己組織化、複雑系マネジメントなど、昨今、自律的で生物論的な組織運営をする会社が増えています。

その中で、不動産業界でイノベーションを生み続けるダイヤモンドメディアでは「自然経営(じねんけいえい)」という、その名の通り自然を参考にした非管理型の経営を掲げています。

ダイヤモンドメディアは、2007年の創業以来、人間性を重視した「管理しない経営」を行ってきました。ホラクラシー経営と呼ばれることもありますが、「情報の透明性・対称性」「労使・権力の消失」「報酬・人事システムの確立」の3つのポイントで、アメリカのホラクラシーとは異なる点があります。

違いの一つとして、例えば「給料は相場が決める」といった制度があります。自分たちの給料を、会社への貢献度に照らして、メンバーで話し合って決める制度です。希望した額ではなく、話し合いによる相対的な評価から決まるため、相場を整えるのに近い仕組みです。また、会社が合わないと思った時に辞めやすくするため、入社後1ヶ月以内に転職する場合には支援金を支給します。

その他にも下記のような取り組みをしています。

・起業、副業を推奨
・肩書きは自分で決める
・雇う雇われるの概念が無い
・上司部下の概念が無い
・メンバーの社内外ボーダーレス化
・経費の清算は個人の裁量
・財務情報は全部オープン
・働く時間、場所、休みは自分で決める
・代表、役員は選挙と合議で決める
・非階層の自走型組織
・採用する前に仕事をする

参考:ダイヤモンドメディア サバイバルジャーニーガイド


今回の取材では、自然の観点から捉えた「これからの会社のあり方」について、ダイヤモンドメディア社長の武井さんに伺いました。
なぜ今の時代に、自律的な組織が増えているのか。
テクノロジーの発展により、今後の組織はどう変わっていくのか。
未来の経営について、一緒に考えられたらと思います。

武井浩三
ダイヤモンドメディア株式会社 代表取締役
レジリエンスジャパン推進協議会 住宅地盤情報普及促進WG 委員
アメリカ留学、CDデビュー、起業、倒産、M&A、再起業等を経験した後、ダイヤモンドメディアを創業。ホラクラシーという言葉が生まれる以前より、ホラクラシーに近い経営を実践し続け、自律的な経営の実践者として講演や組織支援も行う。

参考書籍
『社長も投票で決める会社をやってみた。』
働く時間、場所、休みは自分で決める。上司も部下もなし、全員の給与は公開。ダイヤモンドメディアが取り組む自然経営についてまとめた一冊です。

会社は社会に価値を提供するためのもの

NP秋山
本日はよろしくお願いします。武井さんは「自然経営」という言葉の通り、自然を経営の参考にしていると聞きました。

武井さん
そうですね。会社の理念は明文化はしていませんが、あえて言葉にするなら、自然の摂理や宇宙の原則からぶれることはしたくないと思っています。今の経営学とか経済学って、全部数字で物事を証明しようとします。そうすると細部の研究は進みますが、全体が捉えられなくなって、実際に経営に適用しようとしても「じゃあどうするの?」となることが多い気がします。基礎的な経営学は勉強しましたが、それよりも自然界の方が参考になります。

NP秋山
なるほど。自然という観点から考えた場合、そもそも、会社ってなんのために存在しているとお考えですか?

武井さん
会社という共同体は、世の中、人、自然環境など全部ひっくるめて、関わるもの全てに対して価値を提供するために存在すると思います。つまり、他者にとって「良い存在」でないと、存在する意味がありません。

それって目新しい話ではなく、自然環境、エコシステムにおいては当たり前のことですが、いつからか、人間のルールの中で「法に触れなきゃなんでもやっていい」みたいな風潮が出てきました。例えば、自然を壊してでも売り上げが優先になるとか。それって本来世の中に必要ないことなのに、お金を稼げて株価も上がってしまう。その結果、社会のゆがみが隠せない状況になってるのが現代のような気がします。

会社は、あらゆる関係物に対して貢献する集団で、ひとりでやるよりもうまくできるから集まる。そういうものだと思います。

個人と全体は常に一致している

NP秋山
会社は、周りの人が求めていることに貢献する存在と。そう考えた時、会社のミッションや方向性はどのように生まれてくると思いますか?会社に集まった人がミッションをつくるのか、それとも、会社のミッションのもとに個人が集まるのか。

武井さん
これまで、いろいろ試してきた中での結論は、「どちらでもない」ですね。会社のために個人がいるわけでもないし、個人のために会社があるわけでもない。だけど、個人と会社の利害関係が一致している。そんなイメージです。

そもそも、個人と会社はバラバラな存在ではありません。それぞれが合わさって初めて存在するものです。ホラクラシーの語源である「ホロン」も、そういう意味の言葉ですよね。

ヒエラルキー構造だと、個は全体の一部みたいな印象ですが、本来は個にも全体性があると考えています。例えば、人間の身体みたいなものです。機械だとひとつパーツがなくなったら全体が止まってしまいますが、生き物の場合はひとつがおかしくなっても他で補うことができます。組織も同じなんです。

そもそも、会社のミッション、つまりどこに向かうかは、自然に決まるものです。私たちの場合も、社長一人が決めるわけではありません。誰かの意志にもとづいて決めていくというよりも、常に、世の中・外的環境に最適化しているだけです。お客さん・マーケットが求めていることをやるし、求めていないことはやりません。

「売上のためにお客さんが求めていなくても売らなければならない」という不自然な力学を防ぐため、数字目標も持ちません。売上の最大化ではなく、価値の最大化から考えるので、会社の中に不必要な売上は存在しません。

事業計画もありません。計画なんてなくても、新しい事業が生まれるときは生まれるし、生まれないときは生まれないんです。それに、すでに世の中に存在する事業に参入する場合は計画できるかもしれませんが、まだ世にないものを作るのに、計画って立てられないじゃないですか。だったら、計画の精度を上げる努力をするよりも、さっさと実践したほうが早い。リスクや売上などを最初に検討してたら、新しいことには絶対に参入できないですからね。

ビジョンも決めない方がいいと思っています。なんとなくの方向性があっても、具体的にどうなるかはわからないので、決め切らないんです。それに、10年後の自分の方が、今の自分より確実に優秀なわけですから、10年後の目標を今決めるのはナンセンスだと思うんですよね。人の価値観って、ひとつの出会いで大きく変わるものです。目標や未来を固定化すると、そういう不確実なものを排除してしまうので、機会損失が大きいと考えています。

ただ、将来予測、シミュレーションはしますよ。最悪の場合を想定して資金繰りに動いたり、そういうことはもちろん考えます。ただ、想定はしておくけど、予算や目標という形で固定化はしません。

それらは全て、個人的に大好きな自然界には競争戦略がない。生存戦略しかないという考え方に沿って経営していることになります。自然界の生き物は「どう生き残るか」だけ考えていて、それを突き詰めていくことで健全な住み分けが生まれるという考え方です。つまり、生き残りを考えることで、多様な生存方法が生まれるんです。

同じような考えを持てば、ビジネス業界も健全になると思います。会社同士が、生存のためではない戦いを繰り広げて視野が狭くなっていますが、お客さんからしたら関係ないですからね。

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ヒエラルキーから分散型への変化は自然な現象

NP秋山
まさに、自然の法則に抗わずに経営をしているということなんですね。一方で、自然界の組織のほとんどがヒエラルキー組織だと思いますが、武井さんたちはヒエラルキーではない分散型の組織こそが自然体だと考えて実践していますよね。それはどういうことなんでしょうか?

武井さん
たしかに、アナログな環境下においては、ヒエラルキーは最適な組織体だと思います。ハチやアリがいい例ですよね。生物がヒエラルキーを作るのは、それが最適な情報伝達手段で、全体の生存率を最も高める方法だからです。

しかし、ITの発達によって、情報伝達の仕組みが大きく変わりました。その結果、効率的で生存率を高める組織として、ホラクラシーやティールなどの自律・自走型の分散組織が生まれました。

アナログな環境下でのコミュニケーションって「一対一」か「一対多」しかできませんよね。「多対多」ができない。例えば、子どもの頃にあった学校の連絡網はヒエラルキーそのものです。連絡網には、情報伝達のどこかで1人が間違えるとその後も全部間違えるといった、ヒエラルキー構造が持つ微弱性が顕著に表れています。ヒエラルキーでは、下位階層が上位階層に依存する関係性なので、上の人間が駄目だと組織全体に悪影響がありますし、物事が決まっていないとそもそも情報を流すことができません。だから、トップダウンにならざるを得ない。

一方で、ネットワーク型で分散された組織の情報伝達は「LINEグループ」みたいなものですよね。LINEグループだと「明日どうする?」と誰かが言ったのに対して、「じゃあお昼頃渋谷ね」「おっけー」みたいに、ざっくりした情報でもスタートできます。それで、渋谷に向かう途中に「そろそろ渋谷つくよ」「あ、じゃあ今から家出るわ」「俺はもうスタバにいるよ」「あ、じゃあスタバいくわ」と、コミュニケーションの中で最善の結果に収斂できるわけです。

この進行プロセス自体、ITがなかった時代にはできなかったことです。分散型コミュニケーションと言ったら難しそうに聞こえますが、実際は誰もが体感してるものなんです。「ざっくりとでも物事が進み厳密に決める必要がない」ということを組織に置き換えると「目標を決めなくていい」ということです。分散型組織の経営は、「LINEグループ経営」と表現してもいいかもしれません(笑)

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透明な組織が求められる時代

NP秋山
オープンでフラット、かつリアルタイムでフレキシブルに物事が進むのが面白いですね。人間のコミュニケーション手段が変わったから、それに合わせた最適な組織のカタチが生まれたということですが、テクノロジーの発達がさらに加速するこれからの社会において、組織はどのような変化が求められると思いますか?

武井さん
色々考えられると思いますが、情報の透明性が高まる方向に進むのは間違いないと思います。社会のあらゆる情報にアクセスできるのが当たり前になったデジタルネイティブ世代からすると、ブラックボックスだらけの会社には行きたくないじゃないですか。透明性が高いほうが健全ですし、透明性が高ければ「健全ですよ」ってわざわざ言う必要もありません。まず、採用という文脈において、透明な方が競争力が高まっていくでしょう。

会社の財務内容も透明にすればするほど、無駄なものが存在しづらくなります。透明性を高めていくと、まず第一に無駄な経費が減るんですね。次に、無駄な人材が減って、最後に無駄な売上が減ります。

売上は減りますが、無駄が減り価値を生み出しているサービスだけが残るので、会社のコアコンピタンスがクリアになり、その価値をどうやって高めていくかに目が向きます。つまり、売上ではなくて、価値に意識を集中できるようになり、ビジネスモデルも洗練されていくんですよ。

また、情報の分断がなくなれば、個と全体の境界がなくなり、文字通り「自分ごと化」できるようになります。生物学では、情報でつながっているかどうかで個を判断するという考え方があります。例えば、アメーバって分裂するけど、分裂しているときも情報が共有されていて元に戻ることができるので、一つの個体としてみなされます。逆に、情報が分断された時に別の個体とみなすんです。

全体性を社会の仕組みで考えた時に、例えば、公衆トイレが汚れるのって、自分の持ち物だという感覚がないからなんですね。でも、クラウンドファンディングなどで「みんなで公園のトイレを綺麗にしませんか」とお金を募れば、出資者は綺麗に使うと思うんです。家の前の道路に対しても、自分がお金を払っているという実感があれば、ゴミを拾うなど自発的な行動が生まれると思います。それが全体性というか、一体感です。

社会インフラにおいては、お金の流れが分断されているのが問題ですよね。税金を納めることによって恩恵を受けているはずなのに、税金を納めたくないと思うのは、払ったお金の使いみちがわからないから。最近生まれつつあるクラウドガバメントが進めば、お金の用途に関与できるようになり、社会に対する自分ごと化が進むと思います。

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人口増加が頭打ちになった社会にこそシステムのアップデートが求められる

NP秋山
お話を聞いていて、新陳代謝があることが絶妙に効いてると感じましたね。自分ごと化せずに誰かに乗っかっているだけのメンバーは、結果として周りに貢献できず居づらくなってしまう。それで、その組織から抜けていくのでしょうね。

武井さん
そうなんですよ。まさに、健全な組織運営には代謝の機能が必須です。本来、生物と同じように、組織や仕組みにも、新しいものを取り入れたら古いものを出す循環が必要なんです。でも、ほとんどの会社組織って、設計上吐き出す機能がありませんよね。

それでも会社組織が保てたのは、これまでは世の中が拡大傾向にあったからです。無駄がたくさんあるけど、その無駄を補って余るくらい経済が成長し続けていたから、細かいことを気にしなくても大丈夫だった。社会システムも同じで、年金も、保障も、経済成長を続けることが前提のシステムですよね。その背景には、人口が増え続けるという見込みがありました。

そう考えると、人口増加が頭打ちになった現代では、新しい共同体の形が求められて当然なんです。実際、ティール型組織はオランダ辺りで、社会福祉は北欧で進んでおり、新しい組織や社会システムの多くは、人口が頭打ちになった先進国から生まれています。

逆に、人口が増え続けているアメリカでは、新しいシステムが生まれる必然性があまりないと思います。既存の仕組みでも回せてしまうからです。ただ、日本はそういうわけにはいきません。人口が減り始めて、それまでの経済成長とは逆のサイクルが始まる中で、それに耐え得る組織や仕組みが必要なんです。

今後、これまで先送りにしていた、年金や企業の退職金、社会福祉の問題がますます表面化すると思いますが、全て組織で起こっている問題と同じ現象だと考えています。だから、どんな環境でも存続できる組織を構築できたら、それを他のシステムにも転用できるのではないかと思います。

みんなでプロセスに関与できる会社へ

武井さん
さらに言えば、「株式会社」自体のあり方も変化すると考えています。今の株式会社って、経営者、労働者、所有者が分離した状態で、労働者と株主の利害関係は100%対立する構造になっています。給料を上げると株主の利益は下がり、逆に、株主の利益をあげれば従業員の給料が下がる。最近もてはやされている「組織に貢献できない人でも辞めないで幸せにする」みたいな組織って、株主から見たらひどい会社に映るかもしれません。組織を維持するために、株主や顧客が無駄なコストを負担している状態ですから。

この相反する関係をうまく調整するのが経営者の仕事みたいになっていますが、そのあり方自体が変わると考えています。ステークホルダー全員にとって良い状態を作るためには、やっぱり情報を透明にして、全員がプロセスに関与できる状態にするしかないと思います。

私たちの会社では、会社の経営管理組合で株式の大半を持っています。会社の決定権を、実際に働くメンバーで持とうと考えたからです。逆に、外部の株主を入れるのはまだ早いと感じています。社内ではない第三者への情報の透明性を担保する仕組みがまだ存在しないからです。株主のお金が健全に運用されているかをリアルタイムで共有する仕組みができれば、株主まで会社に関与できるようになって、経営を手伝ってくれる人が増えてとてもいいとは思うのですが。

顧客もプロセスに関与してもらうべき相手だと考えているので、商品を作るときも、できる限りお客さんと一緒に作れるような関係性づくりを心がけています。その関係性を言葉で表すと「コミュニティ」だと思います。コミュニティの関係性って、誰が偉い、誰が偉くないとかではなくて、共創する関係性ではないかと。

自然に決まるまでやらない。やって駄目ならすぐやめる

NP秋山
ヒエラルキー型の組織ではなく、情報がオープンで多くの人が主体的に関わる分散型の組織がたくさん生まれてくるということがよくわかりました。一方で、分散型組織の場合、意思決定は誰がするのでしょうか?ともすると、意思決定に時間がかかってしまったり、何も決まらないという状態に陥らないのかなと。

武井さん
分散型の組織は、多数決もありませんし、誰かが決めるわけでもありません。それぞれが判断して、勝手に物事が進んでいくイメージです。大きなことについては、全員で合意形成をするようになります。私たちの会社でも、みんなで決めますし、逆に決まるまでは動き出しません。

そもそも、大きな意思決定の時は、二者択一になることがないので「意見が二つに分かれてしまい、意思決定者がいないから決まらない」ということがほとんどないんですよね。みんなで話しているうちに、大まかな方向性が決まります。その中で細かい方法論で意見が分かれたら、すぐにテストしてみようってなります。悩んでいる時間がもったいないので、不可逆的じゃないものに関してはどんどんやればいいかなと。

例えば、私たちの会社では、新しいサービスやシステムもすぐに導入します。ただ、それができるのって、捨てる仕組みがあるからなんですよね。私たちは、3ヶ月に1回断捨離をする制度を設けていて、物理的なものも仕組みも、不必要なものを捨てるようにしています。合わないならすぐに捨てる仕組みがあるので、新しいことを始めるまでに悩む必要がないんです。

多数決をしている組織もあるかもしれませんが、個人的には多数決が世の中で最も良くない意思決定方法だと思います。多数決は「マイノリティを捨てる」という意思決定ですが、リーダーシップの本質ってマイノリティなんですよね。未来の不確定なものに対して進むのがリーダシップであって、誰もが分かっていることであればリーダーシップを発揮する必要ってないじゃないですか。本物のリーダーシップって、絶対にマイノリティなんですよ。

多数決はマイノリティを排除してしまうので、リーダーシップ不足を生み出します。例えば政治の世界でも、有権者数が多くて投票率の高い年配の声ばかり取り入れるから、50年後に生きる若者の声を無視してしまう。政治家一人ひとりは素晴らしい人ばかりですが、政治の仕組みには構造上の問題があるわけです。

煩悩を持つ個人が全体調和する仕組みをつくる

NP秋山
武井さんは、ビジネスのことも深く考えているし、自分で組織マニアと言うくらい組織のことも考えていますよね。さらには、それを社会システムにまで拡げて考えている。武井さんご自身の興味・関心はどのようなところにあるのでしょうか?

武井さん
個人的には、システム設計に興味があるんだと思います。組織もビジネスも、経済も、地方自治体や国も別のことをやっているようでも軸は変わらないんだと思います。「これとこれがつながってる!」「人間の身体と一緒やん!」みたいな発見があって面白いんです。

それに、世の中で様々な問題が起こるのって、仕組みに構造的な欠陥があるからだと思うんですよね。個人の意識やモラルが悪いのではありません。人間には108の煩悩があると言われるように、会社の経費を使い込める状況だったら使ってしまうし、誰もいないところで落ちているお金を見つけたら拾ってしまいます。そういうものなんです。だから、問題を個人の責任として追求しないので、煩悩を持つ人間が全体調和する仕組みが必要だと考えています。

そのために必要なのが、お話したような情報の透明性と、人の流動性と、資産の再分配のシステム。個人が自分の利益を追求することで全体の利益が毀損されるのではなく、個人の利益を追求することが全体の利益の追求に繋がる状態を意識しています。

例えば、給料についてメンバー全員で考えていれば、会社の利益が残っていないのに給料を上げようという考え自体が生まれにくくなります。逆に、ちゃんと会社の利益を残してから自分の給料を上げようという意識が働くんです。会社のコストを削減すれば、個人の利益も増やしやすいよな、とか。その仕組みを作ることが経営者の仕事だと思いますし、個人的に追求したいことなんです。

NP秋山
まさに、仕組みづくりの話なんですね。環境に合う人は残るし、そうではない人がより適した環境を求めて出ていく。その方が社会全体で考えると価値が大きい。その循環が自然に行われるシステムを、時代の変化に合わせて、会社内外で作り続けているということなんでしょうね。

武井さん
そういうことになります。ただ、テクノロジーの発達がゆがみを解消し続けるということは、逆に考えると、世の中は常に不完全とも言えます。「過ぎたるは及ばざるが如し」という言葉があるように、過剰にマネジメントしても無駄。その時々で柔軟に変化しながら、いずれもっと新しい形の経営を見つけられたらいいですね。

NP秋山
弊社も「歪みがない事業・関係性をつくる」というビジョンを掲げているので、非常に共感できる部分が多く、大変勉強になりました。部分最適の集合が全体最適にならないということも多いという上で、会社という枠を越えて社会全体という視点で考えることの重要性も感じることができました。
本日いただいたエッセンスを基に、事業・組織双方において「つぎのアタリマエをつくる」というミッション実現に向けてチャレンジしていきたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。

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執筆者:秋山瞬
2005年 設立2年目・社員4人の人材系スタートアップ企業に新卒1期生として入社。
ベンチャー企業の経営幹部層に特化したヘッドハンティング・人材紹介に従事。
新規事業立案や関西支社設立にも携わった後、「次世代を担うリーダー創出」を志し、2009年 ネットプロテクションズの人事として参画。
2011年 人事総務グループのゼネラルマネージャーに就任。
新卒・中途採用、人材開発・育成、人事・評価制度構築、理念・ビジョン策定等
幅広い業務に携わり、「つぎのアタリマエ」となるような組織づくりを目指す。
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