信用が可視化される社会の到来。READYFOR 米良はるかと考える個人とお金_THINK ABOUT CONFERENCE『貨幣の束縛』特別企画№4

信用が可視化される社会の到来。READYFOR 米良はるかと考える個人とお金_THINK ABOUT CONFERENCE『貨幣の束縛』特別企画№4

インターネットにより、個人がお金を集めることは容易になった。READYFOR代表の米良はるかさんは、2011年に日本で初めてのクラウドファンディングサービスReadyforを立ち上げて以来、個人とお金がどう関わっているか、近い位置で見続けてきた。

2018年10月30日、THINK ABOUTが主催する初のカンファレンス『貨幣の束縛』では“貨幣”を起点に信用や価値、そして未来の社会構造を考える。その中で米良さんには「2050年の価値交換」というテーマで登壇頂く。カンファレンスに先立ち、米良さんが感じている個人とお金の関わりの変化を聞いた。

個人の生き様をごまかせない・人を騙せない社会に

──クラウドファンディングサービスを運営する実践者として、米良さんは「社会とお金の変化」をどう感じていますか。

社会のトレンドとしては、少額の資金調達を必要とする個人は増えると考えています。テクノロジーの発達などで人が生きるためのコストが下がると、「お金のために働く」という価値観を持つ人はどんどん減ります。すると、「やりがい」や「誰かへの貢献」を求めるようになり、小さくても好きなことをやってみようとか、誰かのためになることをしてみようといった「小さな活動」が増えると思います。

活動資金を自分で負担するのではなくて、周りの人に応援してもらうとか、共感してもらってお金を出してもらうことがトレンドになる。ただし、その仕組はまだ十分に整っていないので、個人に適切にお金が流れる仕組みを作りたいと思い、Readyforを運営しています。

サービスを立ち上げた2011年当初と比べると、個人が信用され、お金を集めやすくなっています。わたしが起業した頃は、金融機関から融資を受けるくらいしか資金調達の手段がなくて、「家とか車とかありますか?」みたいなことを聞かれていました。融資は、原則的には個人の担保を起点としているので、アイデアや今までにないものは資産としてみなされません。

それに比べて、クラウドファンディングの世界では、個人が積み上げてきたことや人のつながりなどが資産とみなされるからお金が集まる。個人の信頼が可視化され、インターネットで個人同士が繋がりやすくなったことで、お金が流れるようになったと感じます。

ある意味では、個人の生き様をごまかせない・人を騙せない社会ですよね。人に対して誠実に向き合ってきた人間が報われる。それってすごく良いことだと思います。

必ずしも、クラウドファンディングでたくさんのお金が集まった人が誠実とか、あるいは、お金が集まらない人が不誠実だとかは思いませんが、お金を集めるときに、周りにいる人がどれだけ応援してくれるかは、信頼を評価する一つの軸になります。それは、起業家やイノベーションを起こす人たちにとっては良い流れだと思いますね。

米良はるか
READYFOR株式会社 代表取締役CEO
1987年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2011年に日本初・国内最大のクラウドファンディングサービス「Readyfor」の立ち上げを行い、2014年より株式会社化、代表取締役に就任。World Economic Forumグローバルシェイパーズ2011に選出、日本人史上最年少でダボス会議に参加。現在は首相官邸「人生100年時代構想会義」の議員や内閣官房「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進室」専門家を務める。

失敗しても何度も立ち上がれる信用のあり方を

──個人の生き方が反映されて騙せない社会になるということですが、まさに、人の信用の基準を国家のような組織が中央集権的に決めて「信用スコア」を作る動きもあります。そういう流れに対して、どのような見解でしょうか。

わたし自身、「信用スコア」を管理される社会をどう捉えるべきか、まだ考えているところです。誠実に生きている人が、適切な評価を受けることはとてもいいことだと思います。ただし、あまりにも厳しいスコアがつけられるのは、生きにくそうだとは思いますね。

これまで「この人良いことやってそう」という人々の感覚でゆるく評価されていたものがスコアリングされると、それが絶対の基準になるような気がするのです。人は客観的にスコアリングされたものを信じやすいし、「全員が疑っているけどわたしは信じる」みたいな人ってそんなにいませんから。スコアリングには良い面も悪い面もあると感じます。

また、中央集権的に誰かが信用の価値基準を決めることも、民主主義の世界の中でどうなんだろうかと思いますよね。たしかに、中央政府にどんどんデータを集めて、“強い人間”をどんどん強くしていった方が、社会の変化のスピードは早いかもしれません。誰に投資をするか政府が決める。つまり、選択と集中をやり続ける方が、イノベーションは進むかもしれません。

一方で、日本は民主主義を選んでいますし、わたし個人としても、一人ひとりが意思を持って生きる社会が良い社会だと思っています。資本主義でいい形で競争が働いて、その中でちゃんとしている人や企業に信用が集まる。その方が、だれでもチャレンジできてよい社会ではないかとわたしは思っています。

ミスをどれくらい寛容に認められるか、失敗して何度も立ち上がれるかどうかが大事だと思います。

──Readyforでは、プロジェクトを実施した人や実施しようとしている人の信用をどう評価しているのでしょうか。

基本的に、わたしたちが評価者になることはありません。この人は悪いとか、この人はReadyforの場に合わないとか、この人はお金が集まらなさそうだからとか、そういうことは絶対にやってはいけないというルールで運営しています。思いがある人のチャレンジを規制しないことを徹底しています。

もちろん、プロジェクトを立ち上げる時の「審査」は行っています。ただ、いわゆる審査ではなく、どちらかというと「実現性」というキーワードを重視しています。お金をいただいたことに対して、きちんと向き合えるかどうかを確認しているのです。

というのも、お金を集める行為って非常に尊いことであり、やっぱり大変なことです。世の中に「これをやりたい」というメッセージを出すので、周りの方からの期待が上がるわけですよ。その期待に沿う結果を残すのは難しいことで、やっぱりある程度の覚悟は必要です。だからこそ、雑にお金を集めて欲しくはありません。

だからといって、特別なことを求めるのではなくて、単純に状況をちゃんと報告しましょうとか、チャレンジした結果を言いましょうとか、そういうことだと思います。それができる人は信頼を蓄積していくし、できないとソーシャルキャピタルを失う。だからこそ、プロジェクトを始める段階でその意志を確認したり、プロジェクトが始まってからも担当キュレーターがついてサポートしたりしているわけです。

チャレンジする人を増やしたいと思う一方で、その分ちゃんと責任を持って動いてもらいたいという気持ちも同じくらい強いのです。

役割を見つけるための「お金の使い方」があるのかもしれない

──クラウドファンディングの仕組みは、お金の価値が一定ある世界の上に成り立っているように感じますが、そもそもの「お金の価値」がどうなっていくかを伺いたいです。例えば、クラウドファンディングでも、お金ではなく何かをやるために必要なリソースを提供してもらうかたちはあり得ると思いますか。サッカー大会を開きたい人に、お金ではなく「サッカー場を貸します」といったマッチングや物々交換のような形です。

そういう世界も、おそらくあり得ると思います。ただ、お金という「得たい価値の交換手段」を手に入れるほうが、やりたいことを簡単に実現できるような気もします。例えば、自分の持つサッカーコートを貸してくれる人がいても、日付が合わなければ難しかったりしますよね。お金があれば、その日付で空いているコートを借りることができます。

いまの形かはわかりませんが、媒介としてのお金はこれからも残り続けるのではないかと。お金がいらなくなるほど、物々交換、ニーズのマッチングがうまくいくかどうかはまだわかりませんね。

また、もしかしたら、「お金を出すこと」が社会や他人に対する一番カジュアルな貢献であり続けるような気もしています。

というのも、これから「社会から要請される役割」が少なくなって、社会への貢献を感じづらくなる人が増えると考えているからです。これから、ますます多様さが認められ、自由が増える分、逆に苦しさを感じている人もいるのではないかなって。自由になっただけやりたいことを見つけられる人って、案外多くはないと思います。

実際、クラウドファンディングや他のサービスなど、チャレンジする環境は整っているし、応援してくれる人も増えているけど、チャレンジする人って相当少ないですよね。自分のビジョンを打ち出して、社会に貢献しますと宣言するのは、時間もお金も必要でハードルが高い。多くの人にとっては、社会から役割を与えられる方が楽なんです。

だから、役割がなくなる、誰かに求められる感覚がないって、すごくしんどいと思います。わたし自身、去年病気で半年間ほど仕事を休みましたが、その時に一番つらかったのは「自分が必要とされてない」と感じたことです。それまでは、起業したこともあり、周りから求められることが多かったのですが、病気を治すことがメインになってからは、目的を見いだせなくてすごく苦しかった。それこそ、「次の日に会社に行くこと」でも、役割があることって生きる上ではすごく大事だと思ったんです。

あまり深く考えることなく役割が存在していた社会から、役割を自分で考えなきゃいけない社会になる。その前段階として、自分が関与していると意識できる場所を作りたい。そのための気軽な一歩として、お金での貢献という道もあるのではないかと。

共感できる人に対する少額の投資なら始めやすい。求められてると感じられるところへの貢献やそれによる承認が、生きる糧になる気がするんですよね。「自分は絶対ここだ」みたいなチャレンジの対象をいきなり見つけられる人は多分そんなに多くないから、相手が喜んでくれて、そこから社会への貢献というか、なにかに繋がっているという感覚が広がっていけばいいなと思います。

価値を算定する以上に、お金が持つ魔力を知りたい

──最後に、カンファレンスに向けて何に関心があるか教えてください。

貨幣と社会というのは、もともと個人的に関心があったテーマです。わたし自身が2050年の社会が見通せるかといえばそうではありませんが、だからこそ、いろんな人の話を聞いて、自分なりにも考えたいです。

それに、お金の価値がこれからどう変化していくのか興味があります。人が生きていく生活コストが下がる社会の中で、お金の必要性が今後もどのくらい残っていくのかはずっと疑問に思っていて。お金を「モノの価値を算定するための手段」として存在していると考えるなら、お金を媒介しないと手に入れられないようなものの分だけあればいい気もします。

一方で、お金は不思議な魅力もまとっているようにも感じます。生活コストから考えればそんなに必要ではないのに、お金が増えること自体にワクワクするような人も多い。お金の量で自分の価値を評価しているのかもしれないですが、お金自体に魔力があるのかもしれません。いずれにせよ、不思議な魅力がある。それがどう変化するのかももっと知りたいです。

次の世界でお金の価値がどうなるのか。お金を扱うサービスを運営する身として、思考を深める場にできればと思います。

THINK ABOUT CONFERENCE Vol.1『貨幣の束縛』

「貨幣」を起点に信用、価値、そして未来の社会構造を考えるカンファレンス。
米良さんをはじめとした有識者の方を招いたパネルディスカッション(インプット)とワークショップ(アウトプット)を通して、参加者と共に未来を考える場にしたいと考えています。

カンファレンスの詳細はこちら

他カンファレンス特別企画記事は以下より

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お金がなくなる日がやってくる——信用×Techがつくる新しい社会とは(インタビュイー:山口揚平 ※Business Insider Japanより転載)

執筆者:THINK ABOUT 編集部
THINK ABOUTを運営するネットプロテクションズの社員によって構成される編集部です。
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