「人類史」という長い時間軸で価値を判断しよう 平川克美さんに聞く、資本主義社会のこれから

執筆者: 中森りほ

「人類史」という長い時間軸で価値を判断しよう 平川克美さんに聞く、資本主義社会のこれから

執筆者: 中森りほ

少子高齢化、人口減少、縮小する経済などさまざまな課題を持つ現代社会。そんな中、著書『移行期的混乱』の中で「有史以来初めての人口減を食い止める方策は、経済成長ではない。それとは反対の経済成長なしでもやっていける社会を考想することである」と指摘した平川克美さん。

「経済成長で幸せになれない」世の中であるとしたら、会社は何を目的に存在すればいいのでしょうか? 成長一辺倒の資本主義に疑問を抱き、提言を続けている平川さんに、これからの時代について、「会社」「組織」の理想の姿についてお話を伺いました。 

右肩上がりの時代だから成立した“株式会社”という博打システム

――平川さんは著書21世紀の楕円幻想論 その日暮らしの哲学』の冒頭で「将来のどこかで資本主義的な生産方式、市場原理主義、自由主義経済といったものとは原理の異なるシステムを作り上げる必要に迫られる」と指摘されています。資本主義社会は今どのようなフェーズに差し掛かっているのでしょうか?

それを考えるためには、資本主義社会の起こりと、現在に至るまでの歴史背景を知っておかなければいけません。資本主義は、株式会社の時代とも言えます。株式会社の始まりだといわれている東インド会社は、17世紀頭にイギリスで誕生しました。それ以前は、ほとんどの人が経済成長なんて考えていませんでしたし、人口も増えず、今日と明日に大きな変化がない、長い中世的な世界が続いていました。つまり、今の私たちが当たり前と捉えている進歩という考えや流動的な社会ができてから、わずか400年しか経っていないということです。 

東インド会社は、インドやインドネシアなどの東南アジアにヨーロッパの製品を持って行き、現地でしか手に入らない製品と交換してヨーロッパに持ち帰って高く売るという事業を行なっていました。彼らが資金を集めるために生み出したのが、投資してもらう代わりに、無事に船がヨーロッパまで戻ってきたら投資額以上のお金を渡す、というシステムです。これは、まさに今の株の配当システムと同じようなものです。

◆平川克美(ひらかわ・かつみ)さん
1950年、東京都生まれ。隣町珈琲店主。声と語りのダウンロードサイト「ラジオデイズ」代表。立教大学客員教授。文筆家。早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立。著書に『21世紀の楕円幻想論 その日暮らしの哲学』『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』(すべてミシマ社)、『移行期的混乱』(ちくま文庫)、『路地裏の資本主義』(角川SSC新書)、『「移行期的混乱」以後』(晶文社)など多数ある。

――そこから株式会社の仕組みが広がっていったのでしょうか?

いえ、東インド会社は組織的な株式会社としては不十分な点もありました。東インド会社ができてからおよそ100年後にロンドンに、今日の株式会社のような形態の会社がいくつも作られました。しかし、会社が設立されてからも150年ほどは、「このシステムは危ない」と、社会に受け入れられず、規制されていました。その後、19世紀に産業革命が起こり、株式会社というシステムが改めて見直されたのです。産業革命で蒸気機関車などが開発されると、経済成長とともに人口も増え、さらにマーケットも拡大していく。それが400年続いて今に至ります。

――現代に生きる私たちにとって、株式会社というシステムは「当たり前」のもののように感じられますが、規制されていた期間を考えると250年ほどの歴史しかないのですね。

そもそも株式会社とは、資本と経営を分離するシステムです。株主はお金を増やすことに興味があっても、会社自体には興味がない。しかしながら、会社の舵取りをする経営者にはその株主に選ばれた人が就任します。このシステムはいわば博打なんですよ。大きくリターンが返ってくることが見越せないと、成り立たない仕組みです。人口が増えて、経済も右肩上がりの成長が見込めたからこそ、投資をしてもほとんどの場合は増えて戻ってくるということで、成り立っていたわけですね。

しかし、ここにきて日本やヨーロッパは人口減少に転じた。ということは、右肩上がりの条件が失われたということです。

――先進国の人口減少が右肩上がりの経済を止めた、と。

人口が減少すると、マーケットが縮小して流動性が失われる。これは、国が発展していく段階で「もう成長しなくていいよ」と先進国の人が思い始めたということです。もう少し丁寧に言えば、総需要が減退しているということです。

日本では、人口減少の理由に「女性が子供を産まないからだ」という意見を挙げる人が多い。しかし、右肩下がりになった本当の理由は、社会が右肩上がりを推進する仕組みになっているからなのです。右肩上がりの社会だったからこそ、物資が人々に行き渡り、自由に生きられるようになった。それにより家に人が縛られなくなり、伝統的な家族制度が崩壊して人口が減ったのです。

――日本以外でもヨーロッパで人口減少が進んでいますが、日本と同じようなことが起こっているのでしょうか。

オランダやスウェーデン、フランスなどの一部の欧米諸国では、人口減少に転じてから、再び出生率が上がりました。これはなぜかというと国が法律婚による家族とは別の、事実婚を認めるという仕組みを採用したからです。そのために法律を作って正嫡氏と婚外子の間のあらゆる差別を撤廃していったのです。

婚外子にも法律婚の場合と同じ権利を与え、さらに養子縁組の場合も同等の権利を与える法律を作ったおかげで、欧米では出生率が戻りました。とは言っても人口減少から人口維持に転じただけなので、人口増加までは見込めないでしょうね。

株式会社時代の終焉。今後50〜100年は移行的混乱期を迎える

――人口が増えず、右肩上がりの成長が見込めないとなると、これからどのような社会になっていくのでしょうか?

原理的には、株式会社の時代が終わるでしょう。しかし、今の政権や既得権益者は株式会社が終わったら困るので、無理にでも存続させようとします。次の時代は、50〜100年に渡って非常に混乱した時代「移行的混乱期」が続くと私は考えています。

人工知能、IoTなどによるイノベーションがこの状況を打破するという人たちもいます。しかし、このような施策を進めれば、ロボットがなんでもやってくれる便利な世の中になりますが、人間が体や頭を動かさなくなる。人間が身体的に楽をすることを優先してしまえば、体力や思考力が衰え、感受性や感性が鈍り、本来備わっているはずの人間性を失っていくでしょう。これをどんどん進めても人が幸せになれるはずがない。株式会社を救済するためにやっているようなもので、これらに期待をかけているのはお金儲けをしたい人だけなんですよ。もう一回さらに右肩上がりの社会にできるかどうか、というのは全ての人にとっての問題ではなく、あくまでも株式会社側の問題です。

――今後、株式会社はどのような道をたどっていくのでしょうか?

会社は価値を生み出さなければ意味がありません。求められている、価値のあるモノを作るしかありません。ですが、目に見えないサービスを提供していて、モノを生み出していない会社はその価値をはかるのが非常に難しい。そして、すでに世の中はたくさんのモノであふれている。悲しいことですが、今後はモノや価値を生み出さない、詐欺まがいの事業を行う会社が増えてしまうかもしれません。

生産共同体など株主がいない会社や組織の時代へ

――株式会社の終焉が予想されると言うことですが、これから会社や組織、仕事というものはどのように変化していくのでしょうか?

すでに新しい時代へ移行するような変化は見られています。例えば、株主がいない生産共同体として「ワーカーズ・コレクティブ」という組織が生まれてきています。ワーカーズ・コレクティブとは、地域の住民が共同で出資し、全員が対等な立場で経営に参加しながら、地域社会に必要なものやサービスを提供する事業体のこと。生活協同組合の活動から派生したもので、配当を目的としていません。地域社会に貢献する事業がメインですが、売上は現時点で500億円くらいという巨大なビジネスになっています。

あとは消費者たちが集まって共同仕入れをして、その中で生産も行うような消費者連合という形。株式会社とは違った形の生産共同体が今後たくさん生まれていくでしょう。

――会社や組織の形が変化するということは、私たちの生活も変化するのでしょうか?

右肩上がりの時代が終わり、安く仕入れ高く売る時代から、個人単位でもフリマアプリやシェアリングサービスが発展し、仲間内で物を回す時代になっていますよね。仲間内で物を回すというのは、お互いに贈与し合うということです。

資本主義が続いたこの400年間は商品交換の時代でしたが、それ以前の人類は贈与交換を長らく続けてきた歴史があります。贈与交換の基本は、人からもらった物をそのままその人に返してはいけない。そして、自分で持ち続けてもいけない。それを必ず第三者にパスするのです。そうすることで、あるエリアに資源が循環するようなシステムを作ったのがこの贈与交換です。それは、資源が乏しかった時代に、人々が生き延びていくための全体給付のシステムでした。今後は、人類が長年続けてきた贈与交換の時代が見直されるかもしれません。

成熟したら老いるのは当たり前。右肩上がりが良いという価値観を改める

――営利を目的としない生産共同体が生まれていくということですが、右肩上がりの成長を目標としないとなると、会社は何を目指せばいいのでしょうか?

右肩上がりが良いという先入観を一度排除することが大事でしょう。人間でもなんでも、成熟を迎えたら右肩上がりは終わって、老い始めます。右肩上がりは病気か、あるいは未成熟であるということです。経済的な成熟を迎えたら坂を下り、成熟した文化に向かっていかなくてはいけない。

例えば、農業、漁業、林業などの第一次産業は、右肩上がりの仕組みではありません。毎年右肩上がりを目指し作物を作り乱獲を続ければ、土地が枯れますし、資源がなくなり、翌年以降収穫できなくなってしまうからです。長く続けていくためには、成長しなくてもやっていける戦略が必要でしょう。長く続いてきた会社は、右肩上がりを目指すのではなく、成熟した状態を持続させていくために循環型の戦略にしていますよ。

確かにビジネスを立ち上げたり、物を作ったり、そういう中で仲間と一緒に生産の現場を作っていくというのはとても楽しいことだし大事なことだということは否定しません。ですから、これからは資本を拡大することや右肩上がりを志向するのではなく、堅実着実に信用を積んで、息の長い経営する。そして、規模の違いや業種の違いに対しては、それらを統合するより、棲み分けて共存していくようにすべきでしょう。

自分の頭で考え、人類史という長い時間軸で価値判断すること

――移行的混乱期を前に、今私たちにできることはあるのでしょうか?

個人としてできることは、勉強して知識や知恵を身につけ、自分の頭で考えるようになること。この勉強というのは、資格や英語など目的のある訓練的な知識習得のことではありません。息の長い古典や評価が定まった作品、本当の知性に触れ、人間の生き方や歴史を勉強していくことです。生涯通して身になる学びは、学んでいる最中は何の役に立つかわからず、成長して事後的にわかるものです。

人間の中に流れている時間は、今日、明日という短いスパンの時間だけでなく、人間の生涯、生まれてから死ぬまでの80年という時間、そして今自分たちがいる瞬間を人類史レベルで捉えた何万年という時間の、3つの種類があります。今日明日の価値判断だけでなく、長い時間軸で価値判断をしていく姿勢が個人個人においても大事になってくるでしょう。

「人類ってこうやって生きてきたのか」ということがわかれば、今我々が信じている価値観が全てではないことが理解でき、次の時代の生き方や社会の考え方が見えてきたりもする。まずは勉強し、今ある当たり前の狭い価値観を疑うことをすべきでしょう。

(取材・文:中森りほ 編集:松尾奈々絵/ノオト 撮影:栃久保誠)

取材協力:平川克美さん
撮影協力:隣町珈琲

 

執筆者:中森りほ
フリーライター&編集者。『Hanako.tokyo』や『OZmall』、『Dress』『Rettyグルメニュース』などのウェブメディア、『吉祥寺本』『OZmagazine』などの紙媒体にてグルメや観光スポットの取材、識者・芸能人インタビューなどを行い記事を執筆中。Twitter:@nakariho Blog:http://nakariho.com/
この執筆者の記事をもっと見る