多くの企業が「AIツールを全社導入した」と発表する一方で、「使っているのは一部の推進者だけ」「事業成果に繋がらない」という壁にぶつかっています。MITの最新レポート(GenAI Divide: State of AI in Business 2025)によれば、生成AIで実質的な成果を出せている企業はわずか5%。個人利用の域を出ず、組織的なワークフロー変革へ昇華できていないことが最大の要因の一つです。
この「失敗率95%のAI投資の壁」を破るべく、ネットプロテクションズ(以下、NP)も試行錯誤を続けてきました。役職を置かない「ティール型組織」であるNPでは、AI専門の部門(以下、生成AIグループ)が伴走しながら各現場が自律的にAI活用を推進。その結果、全社員の97%が生成AIを業務活用する領域に到達しました。AI駆動開発をテーマとしたAWSハッカソンの予選1位通過をはじめ、与信審査やカスタマーサポートといった後払い決済事業の中枢機能へのAI実装も現場主導で着実に進んでいます。
しかし、真の経営インパクトを生み出すには、現場の熱量だけでは足りません。「現場の主体性」と「経営者目線の高い視座」を両立して、組織の壁を超えた共通ビジョンを描く必要がありました。そこで2026年7月、全部門のリーダー層(NPでの呼称「カタリスト」)55名を集め、「生成AIロングMTG」を開催。総計440人時を投じる、組織として大きな決断でした。
本記事では、この議論を単なる「空中戦」で終わらせないための綿密なワークショップ設計、当日のリアルな変化、そしてNPが描くAI変革の次なる挑戦をお届けします。
AI変革に必要な「現場の主体性」と「経営者の視座」を、どうやって両立させるか?
組織の壁を融かし、知見を共有する関係性を築きながらビジョンを描くために、NPは「ミドルアップダウン」のアプローチを採用しました。これは、単なるトップダウンやボトムアップにとどまらず、部門をリードする「カタリスト層」が日頃の役割や責任範囲を超えて議論を深めていく手法です。
この議論を成功させるべく、生成AIグループが事務局となり、当日のアジェンダ設計はもちろん、事前準備にも徹底的にこだわりました。カタリスト層のAIに対する認識・理解度を底上げする教育機会の提供や、自部門におけるAI変革ビジョンの事前検討など、具体的には以下3つのステップで進めています。
- (1) 体系的なインプット(事前準備):業界トップクラスの識者による、抽象から具体にわたるレクチャー
- (2) 部門ビジョン構想(事前準備):部門ごとの課題抽出と、あるべき姿の言語化
- (3) 全社ビジョン協議(ロングMTG当日):部門横断的な学びの統合とビジョン昇華
(1) 体系的なインプット ― 短期間でAI変革の最前線を体系的に学び「対話の土台」をつくる
カタリスト層がAI変革の最新トレンドを正しく理解し、ビジョン構想へスムーズに移行できるよう、まずは業界トップクラスの識者を招いた社内勉強会(全3回)を約1ヶ月間で集中開催しました。
原則論などの「抽象概念」、業界における「事例・ユースケース」、そして業務実装の「具体的なHow」。これらをバランス良くインプットすることで、カタリスト層全員の前提知識を揃え、その後のビジョン構想をフラットに議論できる「対話の器」を整えることが狙いです。一つひとつの詳細は省きますが、今回ご登壇いただいた素晴らしい識者の皆さまをご紹介します。
■ 広木大地氏
- 勉強会テーマ:生成AIを前提とした組織戦略を構築するための考え方・概念
- 講師略歴:2008年に株式会社ミクシィに入社。同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、2015年退社。株式会社レクターを創業。技術経営アドバイザリー。著書『エンジニアリング組織論への招待』がブクログ・ビジネス書大賞、翔泳社技術書大賞受賞。一般社団法人日本CTO協会理事。朝日新聞社社外CTO。
■ 榎並利晃氏
- 勉強会テーマ:世の中の生成AI活用のマクロトレンドと課題、日本企業/海外企業における生成AI活用事例・導入効果
- 講師略歴:1996年に通信会社に入社。家電メーカーでサービス提供側として幅広いシステムの開発・運用を経験。クラウド事業者においては、IoT・AI分野における事業開発やアライアンスにより、日本のクラウド展開に貢献。2019年よりスタートアップにてCPOを務めた後、現在はONLII合同会社代表社員。
■ 梶谷健人氏
- 勉強会テーマ:経営層/リーダー層向けのAIエージェントツールの活用実践解説
- 略歴:株式会社VASILYでのグロースハック担当、AR/VR領域の事業を手掛ける株式会社MESONの代表を経て、株式会社POSTSを創業。スタートアップ経営とプロダクト開発の経験を基盤に、生成AIなどの先端テクノロジーを「事業成長」に結びつける戦略パートナーとして活動。著書『生成AI時代を勝ち抜く事業・組織のつくり方』。株式会社POSTS代表取締役。
(2) 部門ビジョン構想 ― AIと人の共創を前提にした「3つの問い」を設定
部門ごとの課題抽出とあるべき姿の言語化、そしてビジョン構想を加速させるため、私たちは「AIと人の共創がアタリマエになる未来」を前提とした「3つの問い(事前課題)」を設定しました。今回のロングMTGにおいて、本質的な議論を深めるための独自のフレームワークです。
- AIで変わること(外部変化):すでに起きている変化と、今後予測される変化
- 変わらない本質と独自性(内部の核):人が全うすべき本質的な役割と、NPの競争優位性を生む強み
- 人が介在し続けるべき仕事(役割の設計):人は何に時間を費やし、どのような責任や役割を果たすべきか
この事前課題に基づき、カタリスト層は日頃から関わりの深いメンバーを中心に5名以下のグループを編成。指定の成果物フォーマットに沿って議論を重ねていきました。
成果物イメージ:
(3) 全社ビジョン協議 ― ワールドカフェ形式で、組織の壁を超えたAI変革ビジョンへ昇華
ここまでの事前準備を携え、部門リーダー層55名が一堂に会する「生成AIロングMTG」を開催しました。当日はあえて事業横断・機能単位でチームを組成。まずは事業/部署横断的に課題やビジョンをすり合わせた後、ワールドカフェ形式でチームをにシャッフルすることで、組織の壁を超えた知見共有とビジョンのブラッシュアップを行いました。
現場を熟知するカタリストと、決裁者ではなく一参加者として加わった経営陣が対面でテーブルを囲み、目指すべき組織の方向性を徹底的に議論。ロングMTGは以下の3つのアジェンダで進行しました。
アジェンダ1:事前課題に基づく検討内容(課題、ビジョン)のシェア
事前課題は同一事業内の機能別チームで進めましたが、ここでは「事業横断」で同機能を担うメンバー同士のチームを再編成。事業を超えた機能としての理想像を議論しました。その結果、全社共通で目指すべき部分と、各事業が独自に追求すべき部分の境界が明確になりました。
アジェンダ2:ワールドカフェ形式での他部門の視点獲得、改善点の発見
チームをさらに「機能横断」でシャッフルし、相互にビジョンをフィードバックし合うワールドカフェを実施。「社会価値の最大化」「会社の成長加速」「実現確度の向上」に向け、他部署や他事業の領域にまで踏み込んで課題の改善余地やNPならではの競争優位性の築き方を議論しました。
アジェンダ3:AI変革ビジョンの洗練、具体的な課題とアクション検討
再び元のチームに戻り、ワールドカフェで得た他チームからのフィードバックを反映してビジョンと重要課題をブラッシュアップ。全社・部署横断での連携策や自部署のファーストステップ、MTG終了後に現場で進める対話など、具体的なネクストアクションを話し合いました。
参加者のゴール達成度は96%。「AI Ready」な組織へと変化
ロングMTG終了後の参加者アンケートでは、総合満足度100%、設定した5つのゴールの平均達成度96%と、非常に高い評価を得ることができました。AI変革で真の経営インパクトを生み出すために不可欠な「組織の壁を超えた知見の共有」「視座の向上」「共通ビジョンの構築」を実現し、全社が「AI Ready」な組織へと進化を遂げた手応えを強く感じています。
参加者が特に価値を感じたのは、「事業横断での目線合わせ」と「その先に生まれた斜めの関係性」です。事業の垣根を越えた対話により、各機能の現在地や課題に対する解像度が飛躍的に向上。「自部署の方針への確信」を得ると同時に、他部署からの新鮮な視点を相互に獲得する場となりました。
参加者からは「AIはあくまで切り口であり、議論の本質は強固な組織づくりそのものだった」という声も多く上がり、今回のロングMTGが組織横断の対話を加速させる大きな原動力となっています。
また、普段はリモート環境下にあるメンバーが一堂に会し、対面で深く議論・懇親できたことも大きな収穫でした。「カタリスト間で気軽に情報交換や議論を行える関係性ができた」という項目では達成度100%を記録。このリアルなつながりは、今後の全社連携におけるコミュニケーションコストを大幅に引き下げてくれるはずです。
アンケート回答の自由記述(一部抜粋)
- 今後NPが企業価値・事業価値を向上させていく上で、どのようにAIを取り込んでいくべきなのか、ないし、どのような人材を採用・育成していくべきなのか、についてのヒントが得られた点がよかったです。
- 各事業・機能で抱えている課題の解像度が上がったりしたこと、その上で行き着くところはやっぱり組織なんだなというところ、課題は見えているのであとは倒すだけだという点含めて、個人の感覚としてはあったものが全体としてもそうだよねとなれたので、今後の組織運営も自信を持って行えそうだなと思えました。
- AIというテーマでしたがそれはあくまで切り口であって、話している内容自体は自部署が抱える課題についてフォーカスしていたと思います。改めて言語化することが出来て自分自身の整理ができたと同時に、近い部署のメンバーと話すことで今後のコミュニケーションにあたってのハードルが下がったように感じております。
ロングMTGは、あくまでスタートラインです。今後は各カタリストが策定したビジョンを現場へ持ち帰り、メンバーとの対話を通じて実効性の高いアクションへと落とし込んでいきます。現場任せにせず、生成AIグループが伴走しながら優先順位や役割を明確化していく方針です。
さらに、今回芽生えた「斜めの繋がり」を原動力に、事業の枠を超えた知見共有や対話が自律分散的に深まっていくことを期待しています。
答えのない変化を楽しみ、自ら組織を動かしながら「AI時代の新しい社会インフラ」を切り拓いていく仲間を、私たちは心からお待ちしています。