2020年1月に「次世代育成パートナーシップ」の締結を発表した、今治.夢スポーツとネットプロテクションズ。自社の従業員だけでなく、大学生や高校生、中学生に向けても課題発見、解決型のワークショップを開催して次世代教育・育成に積極的に取り組んでいます。

このパートナーシップの締結よりも先に、両社は次世代育成への取り組みを独自に進めており、そこには驚くほど通じ合う哲学があったといいます。

今治.夢スポーツの代表を務める、名将岡田武史さんとネットプロテクションズの代表である柴田紳さんの二人に、これからの社会で必要とされる組織、そこで活躍できる人物像など、広くお話を伺いました。

ティール型組織で重要な理念への共感

― サッカーにおいて、時代とともに戦術や選手の配置が進化してきたように、ビジネスの世界でも組織のあり方はアップデートされてきました。中でもネットプロテクションズが実現しようとしている、マネージャーをおかない「ティール型組織」はビジネス界で注目を浴びる最先端トレンドのひとつです。今回の特集の第1回(https://corp.netprotections.com/library/6678/)でもお話されているように、そもそも岡田さんがティール型組織に興味をもっていたところから両社の繋がりが始まったということですが、なぜ岡田さんはティール型組織に興味をもったのでしょうか。

岡田武史(以下「岡田」):もともとサッカーの監督として「短期的に結果を出す」ことは、強烈なリーダーシップで引っ張ることで実現できました。しかしその一方で、「俺は本当に選手一人ひとりを成長させているのか?」という疑問が自分の中に常にありました。その疑問を解決すべく試行錯誤しているなかで、生物学者の福岡伸一さんと食事をする機会があり、そこで福岡さんの言う「動的平衡」のお話を聞いたんです。身体のなかでは、脳からの命令ではなく細胞同士が折り合いを成しながら絶えず入れ替わり続ける。そうやって身体の機能が保たれている、と。サッカーに置き換えるなら、選手が主体的に成長を続ける結果、チームが強くなっていく。それが最高の組織ではないかと考えました。そして主体的にプレーする自立した選手を育てるには、16歳までにある程度のを教えてから自由を与える、そういう育成が必要だろう。そんな考えで2014年から「岡田メソッド」としてFC今治でテストをしているんです。サッカーにおいて個が成長しないとチームが成長しないように、実は会社でも同じことが言えるんですね。それは今治.夢スポーツを経営してしばらく経ってから気がついたんですが。選手や社員みんなが主体的に成長を続け、そして組織が強くなる。今にして思えば、目指していたものはティール型組織と呼ばれるものだった、ということです。

柴田紳(以下「柴田」):よくネットプロテクションズはティール型組織の手本のように紹介されることがありますが、もともとティール型組織を目指していたわけではありませんでした。20年前に、経営を任せられた当初から良い会社にしたいという気持ちはありましたが、どうやったらみんなが良い会社と思って頑張ってくれるのか、その具体的な落とし込みには非常に苦労しました。ごく初期には、サッカーの日本代表チームのような傭兵型組織として、高いスキルをもつ人材を集めれば結果は出せる、そう考えていた時期もありました。でも、ただ集めるだけでは全然ひとつの方向を向いてくれないし、チームにならない。だとしたら理念という軸はどうしても重要で。でも軸に共感する人が集まっても、いろいろな要素が満たされていないと人は定着しない。それを一つひとつ探して潰していく、その繰り返しです。いわゆる社員のことを弊社ではメンバーと呼んでいますが、メンバー全員がネットプロテクションズで働く価値、そして意義を自ら見出して仕事をしています。

岡田:初めて柴田さんに会ったとき、柴田さんが資料を用意されていてネットプロテクションズはこういう会社でこういう経営をしていると説明をしてくださったのですが、そのレベルの高さに驚いたことを覚えています。当時僕は人事評価をどうしたらうまくいくんだろうと悩んでいましたが、ティール型組織では評価のやり方が非常に重要。ネットプロテクションズさんでは大変細かく評価制度を設計されている。言葉の定義から始まっているんです。リーダーシップとはこれこれこういうことをこの会社では言うんだ、などすべて細かく定義されている。今治.夢スポーツが自分の理想とする組織になるためにここまでやらなければいけないとしたら、そこに行くまでに俺は何年かかるんだろうと考えると、ショックを受けたと言ってもいい気持ちでした。

柴田:評価の基準にはその会社の魂が入ります。かつ、それは経営者がわかっていてもだめで、それを使うのはメンバーみんななので、みんながきちんと心から飲み込めて理解できる形に仕上げないといけない。サッカーでもFCバルセロナが強かったからといってただショートパスを繋ぐ形だけを真似しようとしても勝てないように、個人個人がその内容を腹から理解して、そのとおりに振る舞えることが重要だと思います。

現代社会システムのレジスタンスとして

― 岡田さんもおっしゃるようにティール型組織の特徴として各自が主体的に振る舞うことがあげられますが、それは個人の属性に委ねるのではなく、組織として入念に定義されている、と。FC今治でも、パートナーである企業さんとのなかで繋がりをはっきりと定義されていますよね。ネットプロテクションズは「次世代育成パートナー」ですし、今治造船グループさんは「海を愛するパートナー」、潮冷熱さんは「風をつくるパートナー」、吉本興業さんは「Laugh and Peace(ラフ アンド ピース)パートナー」など。どんな協力をしたいです、というクラブのスタンスが明確に示されていて、大変興味深いやり方だと感じました。

岡田:もうずいぶん前からですが、ユニフォームの胸スポンサーで広告代がいくら、という時代じゃないと思っていました。パートナー企業ごとに我々が提供できる価値を提案していく。マンチェスター・シティなどがブランドアクティベーションをいち早く取り入れているのを知って、僕もそれをやるべきだと思った。でもどうしていいかノウハウがなかったところで、パートナーシップグループが工夫をして考え出したのが、このパートナーシップのネーミングでした。僕が考えたわけじゃなく、ある日いきなりパートナー企業に名前がついていて「なるほどな」と感心しました。

柴田:つけていただいたほうからするとありがたいことです。僕らにも期待されている役割があるんだ、と。

岡田:パートナーシップを締結させていただくうえで、一番大事にしているのは企業理念なんです。弊社が掲げる「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」これに共感していただけるかどうか。いま、コロナ禍において世界中で人々の価値観が変化しています。1ヵ月の生活はこんなにお金を使わなくてもできるんだ、買わなくていいものがこんなにあったんだ、ということに気づいてしまった。じゃあお金はこれから何に使うのか。いままで買えなかった高いものを買う、ではなくて応援したくなるもの、ストーリーに共感できるものなんです。だから、ネットプロテクションズさんもそうですが、我々のやっていることや理念に共感してくださっている方々との繋がりは強いんですよ。これからの時代、重要な価値観になっていくので。

柴田:経済効果やROIだけの結び付きでは侘しいですよね。世の中の企業活動を見渡していても、資本主義的というかドライな関係性に落ち込んでしまっている部分があるのではないかと思っていて。心の豊かさをもちながら前に進んでいこうということには大きな価値があると思います。今治.夢スポーツさんと弊社とのことでいえば、単に強いサッカークラブを作る、というだけの話であれば弊社がいくらお金を出したらどれくらいリターンがあるのか、という視点になったと思います。そうではなく、次世代によりよい社会を残したい、そのミッションに共感しました。ネットプロテクションズのミッションは「つぎのアタリマエをつくる」であり、ここが大きく重なり合っていた。

岡田:今年11月には「里山スタジアム」の着工を予定していて、スタッフ一同日々奔走していますが、これは決してJ2に昇格するために必要だからというだけの理由ではないんです。ホームゲーム20試合の日だけ稼働するスタジアムではなく365日、毎日人が集い、地域の人達の心の拠り所となる場所になります。FC今治が今治の人たちと一緒に元気になるための場所を作ろうとしているんです。ぶどうの木を育ててワインを作ったり、工房があったり、そこでは障がいをもつ人が働ける環境があったり。ただのスタジアムではなく「バリ・ヒーリング・ビレッジ」という、人間性を取り戻せる場所です。AIの技術は日々進化し、カーナビの指示通りに走れば最短の時間で目的地に着けることは、いまや常識になりました。人々の暮らしはより効率化されていくでしょう。しかし、心が豊かな暮らしというものには効率だけで測られるものではなく、数字で表せない文化的なもの、スポーツや絵画、音楽などの芸術が必要なんです。僕はよく「AI社会へのレジスタンス基地を作るんだ!」と言っては「また岡田さんが変なことを……」と社員に笑われるんですが(笑)。

柴田:岡田さんは笑い話にされていますが、レジスタンスという考え方はとてもよくわかります。というのも、もともと私は資本主義社会への疑問をもっていて。社会が発展したのは資本主義経済のおかげなのは理解していますが、一方で効率の追求や競争による不幸せが生まれるという側面があると思っています。ネットプロテクションズは決済という資本主義ど真ん中のお金を扱う事業をやりながら、一方で資本主義をよりよいものにバージョンアップできないかと考えているんです。なので「つぎのアタリマエをつくる」にはレジスタンス的な意識が少なからずあるんです。実際、弊社の事業に対して綺麗事を言っていると笑われたこともありました。「よりよい社会を作りたい」とか「みんなに幸せになって欲しい」とか、そんな甘いことを言っていないで儲けなきゃダメだ、と。そんなことから、岡田さんと考え方が重なる部分があったのは嬉しいです。

かかわる人を幸せにする取り組みを

― レジスタンスというと反体制的で革命的なものを感じさせますが、「里山スタジアム」に代表される今治.夢スポーツの取り組みは、いたって真っ当で前向きな、地方創生やこれからのスポーツビジネスのあり方として注目を集めています。

岡田:注目されているかどうかはわからないんですが、世界人口が増えるなか日本では少子高齢化が進んでいて、今後、世界でも人は少なくなっていくことが多いに予想されます。SDGsではひとりも取り残さないことを目標にしていますが、世界中の町がいままでとまったく同じ形で幸せに存続することはありえないんです。結果的にどこかの町に集中していくと考えたら、自分の町が選ばれる町にならないといけない。選ばれる町というのは魅力ある町、魅力ある町とは、地元の人がいきいきと幸せそうに暮らしている町です。その幸せはスポーツであってもなんでもいい。今治でも、去年あたりからFC今治を見る人の目が変わってきました。6年前に僕が来たときには誰も受け入れてくれなかったし「Jリーグなんて無理に決まってるだろ」と話も聞いてもらえなかった。でも2020年からJリーグに昇格して、見る目がガラッと変わった。

ー 下部組織を整えて、地元の子供たちにサッカーを教え、環境教育や野外体験教育などさまざまな取り組みを積極的にされていますが、やはり地域を巻き込んでいくうえでトップチームの成績は重要なのでしょうか。

岡田:いろいろな良いことをしてきたと自負してはいますが、やはり多くの人がトップチームを見ていることは間違いないですね。トップチームがシンボルです。2020年はJ3で戦い、J2昇格に近いところまで行った。地域の人たちがのぼりを家に立ててくださるようになったり、地域のパートナーさんが営業に「頑張ってね」と声をかけてくださったり、FC今治への目線が変わった。すると、市民の感覚が変わったことに敏感な行政の温度感がガラッと変わりました。

柴田:トップチームがシンボルとして光っていることは重要かもしれませんが、さらに「参加できる」ことが、集団に熱をもたせるのかもしれません。会社組織でもトップに優秀な経営者がいて業績が優れていると、みんなそこに誇りはもつものの自分が主体的に関われないと当事者意識をもてないということがあります。自分が関わることができはじめると、みんなが「会社のために良いことはなんだろう」と自分から考えて動き始めてくれる。そうやって組織は前に進むんだなということは、私がこの20年で実感したことです。

― 今治の人の目の色が変わり始めた、と岡田さんが感じていらっしゃるのは前進の大きな兆しかもしれませんね。トップチームが目指しているJ2昇格や、「里山スタジアム」ができることなど、この先に楽しみなきっかけもあります。

柴田:すごく思うのは、地域に根ざしたサッカークラブとして、今治.夢スポーツは地域創生における成功のロールモデルになりうる存在だということです。こうやって地域の人や自治体と関わって、こういうふうに元気づけて、こう前に進んでいったらみんなで幸せになれるんだ、と。ぜひそうなって欲しいですし、そのお手伝いがしたいと思っています。まさにネットプロテクションズも同じことを考えていて、それが企業のロールモデルになりたい、ということです。「つぎのアタリマエをつくる」とはまさにそういうことで、業績をあげながら社員がみんな幸せで、関わるみんなを本当に幸せにする、そんな存在を作るという社会実験をしていると思っているんです。やっている最中はなかなか理解されなくて批判もされますが、結果が出始めるとようやくそれが認められるので。

岡田:僕もね、この会社はもう1,2回苦労するなと思っていて。一気に理想のところには行けないし、いろいろな困難を経験していかないといけない。どれだけ理屈を考えたり、前を走っていた人の話を聞いたとしても、自分が失敗しないとわからないことってたくさんありますよね。まだ時間はかかるかもしれないけれど、ネットプロテクションズさんのようになるよう頑張らないといけないな。

これからの組織づくり

― 次世代育成のためのワークショップという、すでに実績のある今治.夢スポーツさんとネットプロテクションズさんの取り組みや、組織として重なりあう次の社会への貢献の意識など、たくさんの話を伺ってきましたが、これを今治のためにどういうものにしていきたいか、お話の締めとして伺わせてください。

岡田:今治.夢スポーツとして、僕らの強みはいろいろなものを吸収する柔軟さをもっていることです。芯となる理念をしっかりあるなかで、今回の企画の対談にも出てきたさまざまなバックグラウンドをもつ人間が集まった、多様性のある組織でもある。ネットプロテクションズさんと具体的な外に向けた取り組みにとどまらず、会社組織のあり方や研修制度など、組織を成長させられるようなものを吸収したいと考えています。もともとの出会いが、僕が組織を勉強させて欲しいというところから始まっているので。

柴田:ネットプロテクションズは株式会社なのでしっかり業績をあげるということがある一方で、その責務を果たしたうえでできることは何でも協力したいと思っています。岡田さんが今治.夢スポーツで取り組まれていることはSDGsそのもので、社会をより良くしていくことにほかならない。今治.夢スポーツさんという入り口があることで、ネットプロテクションズもそこにダイレクトに触れることができる。その意味でも今回のパートナーシップは非常にありがたいと思っています。本業である事業に加えて、社会に対して今治.夢スポーツさんを通じてアクセスできる。今後はこの部分を肉厚に充実させていきたいと考えています。これからもよろしくお願いします。

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