角元 友樹(2014年入社)
京都大学、同大学院を卒業。
新卒で入社後は新規事業に配属、2年目に新規事業リーダーに就任。4年目に海外事業検討プロジェクトを自ら立ち上げ、海外市場調査・進出国の決定を経て、台湾にて新規決済事業「AFTEE(アフティー)」を創り上げる。2022年のベトナム進出およびその後の事業展開にも携わる。2024年に取締役に就任し海外事業と与信分野の新規事業立ち上げを管掌。
2014年にネットプロテクションズに新卒入社。
1年目で与信モデルの構築に着手し、2年目で事業リーダー、4年目で海外事業をゼロから立ち上げ、台湾に8年。現在は取締役として海外事業と与信事業を管掌しています。
そんな角元にこれまでのキャリアについて聞きました。
ビジネスへの好奇心が、NPという答えにたどり着くまで
研究室推薦という選択肢もあるなか、なぜ一般企業の就職活動を開始したのでしょうか?
きっかけはサマーインターンで、研究室にきた人事の方の紹介で参加しました。1週間で新規事業を考えるという内容で、それで「この世界、面白いな」と思ったのが最初です。
もともと好奇心が旺盛で、社会構造と自分という存在、この2つを理解したいという欲求を強くもっていました。理系の院生として、それまではずっと自然現象を理解することに取り組んでいましたが、インターンを経験して、社会構造の理解・人の理解というビジネス側に興味が移ったんです。OB訪問を中心とした就活を進める中で、そういった好奇心や成長欲求を満たし、チームで一丸となって物事を推進する経験をしたいと思うようになり、自分自身が中心メンバーとなって新規事業づくりができるような環境を探し始めました。
NPと出会った時の印象はどうでしたか?
就活の軸としては「裁量」と「事業ポテンシャル」を見ていました。ある程度の土台があり尚かつ新しいことに挑戦している会社を探しており、NPは当てはまった1社でした。
事業面では後払いのポテンシャルの大きさを強く感じました。与信を含め深い所までビジネスを全て自社で行っている。後払い事業が大きくなればなるほど、データ資産が貯まり、たくさん事業を生み出せるだろうと感じました。
裁量面では当時は50名規模の会社でしたし、社員の方との面談で話を聞く中でも、1人1人が関われる範囲が広いと感じました。
最終的にNPに決めた理由はなんでしたか?
物事の意思決定や捉え方の価値観が合うと感じたからです。長期視点で全体を捉え意思決定するそのスタイルが自分に近く、自分が良いと思ったことに全力で取り組めそうだと感じました。社長座談会に参加して、代表のこれまでの経緯と社風の背景を聞き、ワクワク感が増したことも大きな理由の1つでした。
与信から組織理解まで、理解の範囲を自分で広げ続けた日々
入社から現在にいたるまでの角元のキャリア
入社後はどんなことに取り組んでいましたか?
BtoCの与信チームを2ヶ月半研修で経験しました。その後、新規事業として立ち上げ構想中の「NP後払いair」チームに配属されました。
入社時から与信を理解し自分で考えたいという思いがあったので、研修期間はそれをまさに実行できた期間でした。オペレーション業務を行いながら設計書や仕様書を読み漁り、与信の構造理解を進め、「こう変えたほうがいいんじゃないか」というのを自分で考えてみて、企画にしていました。
それを当時の部門統括者に毎日のように企画を当てフィードバックをもらう、その過程で理解を深め自分なりの与信の理想像を考えることが出来ました。
「NP後払いair」ではどんなことに取り組みましたか?
理想の与信を「NP後払いair」で作るところから着手しました。新規事業なので営業や開発等の立ち上げに必要なことは他にもありましたが、与信設計は自分がメインで担当しました。
与信領域は自分で考えて色んな人と議論して深めていき、他の領域はマーケやシステムなど経験者の先輩が何人か兼務で入ってくれたので、その人たちを頼りながら進めました。初めのうちは各領域のプロの方々に自分の考えを伝えて一緒に進めていく難しさがありました。厳しいフィードバックをもらうこともありましたが、いろんな人に教えてもらいながら、どうすべきかが少しずつ分かってきました。
周りは全員年上で経験もある中で、自信をなくすことはなかったんですか?
いや、むしろ自信はどんどん育っていった感じでしたね。
とにかく頼りながら色々吸収して、前に進めていくしかないという感じで、それに熱中していました。自分が分からない領域が多い中でも前に進めることができ、なんとかなるという感覚が持てるようになりました。
もう一つは、与信の領域に関してはかなり深いところまで考えられているな、という感覚が強まったこと。強みを活かし、弱みの部分は頑張ればなんとかなっていく。そんな感じで、少しずつ自信がついていきました。
2年目には事業責任者を担当することになったと聞きました。
1年目は事業リーダーである先輩ともう1名と自分という3人体制でした。翌年の10月には2年目でリーダーを引き継ぐことになりました。同時に人の入れ替わりもありました。それまでいた社員2名が異動し、代わりに1年目のメンバーが2名来るという、3人は同じ3人なんですけど、先輩2人が1年目の2人に変わるということが起きました。
すべての意思決定や責任が自分に集中するし自分の後ろに誰もいない状態が初めてだったので、非常に大変な時期でした。それまでの経験に頼ったり周囲の人に相談しつつも「やるしかない」という気持ちでなんとか乗り越えた感じですね。
そんな大変な状況の中で、採用や研修にも関わっていたと聞きました。人事領域の経験は、後の業務にどんな影響をあたえましたか?
研修は1年目の後半頃から、採用は3年目の初め頃から、それぞれ関わっていました。この経験は、後に海外事業立ち上げ時の組織づくりに大きく寄与したと思います。
採用から研修のプロセスを全て経験できました。一般論的なものも学びましたし、それ以上に自分たちがどういう人を採用してどう育てたいのかを毎日のように議論していた、それが良かったんだと思います。組織づくりの議論もたくさんやって、組織の理解もかなり深まりました。
その後、「atone」のシステム領域にも移っていますね。
いろんな役割を担ったものの、システム面だけがまだ構造的に理解できていないという感覚があったのでその領域を経験するために異動をしました。
「atone」は立ち上げフェーズだったので、それまでの与信構築や事業立ち上げ経験もあり、貢献できるものはあるだろうと思っていました。
移るときは「NP後払いair」のリーダーを後輩に引き継ぎながらシステム領域に移っていきました。
1人での調査から、50人の組織を巻き込み、乗り越えるまで
海外事業は、どういう流れで始まったんですか?
システム領域が中心に来て少し余裕が出てきたタイミングで、海外の調査を開始しました。4年目の4月頃だったと思います。初めは1人で海外でNPの強みが活きそうなことを調査したり社外の人とディスカッションすることが中心でした。
海外で事業を展開しようという構想は、代表と議論したこともありましたし、社内の中長期方針としては存在していました。
そうはいっても、調べている段階では、他の人も「海外を調べてるな」というくらいの認識だったと思います。進める中で熱量がどんどん上がっていって、そこからは一気に周りを巻き込みに行きました。経営メンバーと台湾に進出する意義や戦略をディスカッションし、数ヶ月で意思決定し台湾に出るというスピード感でした。
4年目の社員に国の選定から任せる経営陣は、当時どう見えていましたか。
信頼してもらえている感覚をいろんなコミュニケーションで感じていました。ありがたいなと思っていましたし、それに応えようという覚悟も勿論ありました。
ビジョンも戦略も、まず自分たちが中心になって考えて、それを当てに行くというプロセスだったんです。出てくるフィードバックはサポートのスタイルで、より良くするにはという視点が中心でした。利益を出せるか・スケールできるかの2点を軸に撤退ラインとおおよその投資額を決めて、後は「やってこい」という感じでしたね。
台湾に進出してからは何か葛藤のようなものはありましたか?
台湾に行って0から組織を立ち上げて、50人規模の組織リーダーを経験することになりました。
マネジメントを行う中で、徐々にプレイヤーとして動く量が減って、仕事のレイヤーが変わることを体感しました。それまではプレイヤーとして事業を自分が進めている実感を得ることも多かったので、レイヤーが変わる葛藤や迷いは非常に大きかったです。
とはいえ、自分で決めて台湾にきているので、やるしかないとも思っていました。初めは大変なんですけど、逃げずにやり続けていると、徐々にできるようになっていく。台湾に行く前はそんな規模のチームのリーダーをやるなんて絶対無理だと思っていたので、気づいたらやれるようになっていたという感じです。自分自身の欲求もその過程で少しずつ変わっていき、非常にやりがいを感じながら働けるようになっていきました。
自分で何かを生み出して、周りを巻き込んでいったら、うまくいけば自然と組織は大きくなっていく。その中心人物の役割は、リーダー的なものが求められる。何かを始めて人を巻き込むというのはそういうものだと思っていたので、もう向き合うしかないと思っていました。
自分でやり切った経験を、今度は支援する側で活かす
日本に戻って取り組もうとしていることを教えてください。
NPはニアプライム層と言われるような、既存の信用情報機関だけでは判断が難しい層のデータを大量に保有しています。そこがちょうど社会的に必要性が増してきている。今はそういった資産を用いて、複数の事業を連続的に立ち上げています。かなり領域が広いのでチームをつくり推進していくことが自分の取り組むべきことかなと思っています。
いまの事業では、どういう役割を担っているんですか。
事業責任者は別のメンバーに担ってもらっているので、自分は並走し一緒に立ち上げているという立場です。1メンバーになる時もあれば、レビュアーになる時もある。空いているところを埋めている、という感じかもしれません。
意識的にやっているのは2つです。1つは、チームの自信を醸成し勢いに乗せることです。事業をつくってきた中で、事業を成功させるにはチームの自信が非常に重要だと思うようになりました。チームメンバーに対して「大丈夫だからやろう」と後方支援をする役割です。
もう1つは、大局的に何が重要かを共有し、外さないように重点的に支援すること。ここは長年の事業づくりで理解してきたところなので積極的にやっています。
最後に、就職活動をしていた頃の自分にメッセージを送るとしたら何をおくりますか?
20代はいい経験に集中することが重要だと伝えたいです。それさえあれば、外部環境がどう変わろうがなんとかなると思っています。
「いい経験」とは、自分で「やろう」と決めて、周りを巻き込んで動かしていって、その責任を引き受けること。
自分にとっては、それが台湾の立ち上げです。特に台湾を立ち上げるという意思決定をして、実際に行って、そこからはひたすら意思決定の連続でした。自分でやり始めたプロジェクトなので、誰にも押し付けられない、全て受け止めていく、あのプロセスが一番大きかったと思います。
人が一番成長するのは、自分で決めて最後まで自分でやり切ること。そこに尽きるんだろうなと思います。